33「アマンダ襲来」②



「手を離しなさい! 私はまだ話をしていません!」




 宿の外へ引きずられたアマンダは、ついにテックスを引き剥がした。


 冒険者のテックスがその気になれば、彼女を拘束し続けることは可能だったのだろうが、いかんせん暴れるため下手をしたら怪我をさせかねなかったので手を離した形となった。




「レダ・ディクソン! 私の話を聞きなさい!」


「どうせ治癒士としてとか、値段を上げなさいとかでしょう。そういう話は聞かないようにしています」




 後を追ってきたレダが興味なさげに返答する。




「な、ななな」


「俺以外の治癒士の治療代を聞いた時から、いつかあなたたちが文句を言いに来ることはわかっていました。だけど、こちらから折れることはなにひとつありません。もしもこれ以上騒ぐようなら、回復ギルドに苦情を入れます」




 アマンダのような人間が来ることは予想していた。


 ただ、予想よりもずっと早く訪れただけだ。


 レダの対応は変わらない。


 かつてはどうあれ、今は金の亡者の回復ギルドと関わる気は毛頭ない。




「パパかっこいー!」


「おとうさんがんばって!」


「ま、俺だって言うときは言うからね」




 娘たちの応援にやってやったとばかりにいい顔をするレダ。




「これ以上、話すことはありません。ほら、周りの人たちも何事かと見ています。あなただってことを大ごとにしたくないでしょう。どうかお引き取りを」


「というわけだ、お嬢さん、あなたもこれでわかっただろ」




 レダとテックスが、もう話は終わりだとばかりにアマンダに声をかける。


 だが、彼女は体を震わせるだけ。


 そして、爆発した。




「――ふざけないで! あなたのせいでこの町の治癒士が迷惑しているのよ! 非を認め、謝罪し、損害を賠償しなさい!」


「そんなめちゃくちゃな……どうして俺が」


「回復ギルドに入らないというのなら、あなたに治癒士を断固として名乗らせないわ! 回復ギルドはあなたの敵になるでしょう! まともな活動ができると思わないことです!」




 まさにアマンダの言葉は脅しだった。


 しかし、




「構わないさ」




 レダには通用しない。


 彼は平然だとばかりにまっすぐ彼女を見て、もう一度はっきり言う。




「好きにすればいい」


「……なんですって」


「脅せばどうにかなると思っていたのか? 治癒士の名乗れない? そんなこと構いやしない。あんたたちがなにをしようと、俺は俺のやり方でこの町の人たちを治し続けるだけだ」


「そんな大口をいつまで叩けるのか――」




 毅然とした態度で恫喝を跳ね除けるレダに、まだなにか叫ぼうとしたアマンダだが、




「いい加減にしろ!」




 レダやテックスのものではない、誰かの声によって阻まれた。




「そうだ、いい加減にしやがれ!」




 続いて、他の誰かが怒声をあげる。


 すると、どこからともなく泥団子が投げられ、アマンダの洋服を黒く汚した。




「なにを!」




 すぐさま泥が飛んできた方向を睨みつけたアマンダだったが、彼女から怒声が発せられることはなかった。


 気づけば、レダたちの周囲には多くの住人たちが集まっており、みんなが同様に怒りの形相を浮かべているのだ。




 その感情はアマンダに、いや、正確には回復ギルドと治癒士に向けられたものだ。


 しかし、その関係者はこの場には回復ギルド職員であるアマンダしかない。


 ゆえに彼らの怒りはたったひとりに集中することになってしまった。




「な、なんですか、あなたたちは! 見世物ではありません!」


「さっきから黙って聞いていれば、お前ら回復ギルドは何様のつもりだ!」




 ひとりの男性が手にしていた泥の塊をアマンダに投げつける。


 今度は、洋服ではなく、彼女の顔を泥が汚す。




「やめなさい! こんなことをしてただ済むと」


「お前らこそ、このままタダで済むと思っているのか!」


「レダさんがいなけりゃ、がめつい治癒士に金を毟られていたんだぞ! そのレダさんを脅しやがって、ふざけんな!」


「怪我を治してくれるのには感謝できる、だからって治療費に限度があるだろ! 足元見やがって!」




 衆人たちが口々に、溜まっていた鬱憤を口にしていく。


 ついでとばかりに泥を投げつける。




「やめっ、やめなさい!」




 あっという間に泥まみれになってしまったアマンダは、衆人たちに制止の声を投げかけるも、聞く耳持つ者はひとりとしていない。




「出て行け!」


「そうだこの町から出て行け!」


「どっかいっちゃえ!」


「私たちの前から消えなさいよ!」


「回復ギルドは出て行け!」




 ついには石まで投げつけられていく。


 これにはさすがにレダとテックスも止めに入った。




「おいこらっ、やめろ、やめろって言ってんだろ!」


「みなさん、落ち着いて! 痛いっ、落ち着いてください!」




 ふたりがアマンダの盾になるも、住民たちの勢いは治らない。




「くっ、私をこんな目に逢わせて……レダ・ディクソン! 私を、回復ギルドをここまでコケにしたんだから覚悟なさい、必ず破滅させてやるわ!」


「あんた、この状況でまだそんなこというのかよ!」


「お嬢ちゃんも火に油注ぐんじゃねえよ!」


「あなただけじゃない、この町も、住民も、回復ギルドに逆らってただですむとは思わないことね!」




 そう捨て台詞を吐き捨てると、アマンダは小走りで逃げ出していく。


 次の瞬間、歓声があがった。


 誰もが、忌々しい回復ギルドに一矢報いたと喜んだのだ。




「この町の人たちこわい……ていうか、やりすぎ」


「ったく、この町の人間は荒くてしかたがねえぇ」




 呆れるテックスとレダに、ルナとミナがタオルを持ってきてくれる。


 ふたりともアマンダを庇って泥だらけになっていたのでありがたく受け取った。




「よく断ってくれたレダさん!」


「治癒士は嫌いだけど、あんたのことは大好きだぜー!」


「こんどお店に来てね、うんとサービスしてあげるからねー!」




 口々に住民たちから声をかけられて、レダは困ったような嬉しいような曖昧な表情を浮かべるのだった。






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