32「アマンダ襲来」①




 親子三人で抱きしめあっているときだった。


 だん、だん、だん、だんっ。と、誰かが足音を大きくして宿の階段を登ってくる音が聞こえた。




(……家族の団欒を……誰だよ)




 自分たちのことをわざと邪魔をしているわけじゃないんだが、せっかくの雰囲気に水を差された気分になったレダはつい顔をしかめてしまう。


 それは娘たちも同じだったようで、姉妹は何事かと顔を見合わせている。




「ていうか、うるさいんですけど」




 涙を袖で拭いながらルナが不満を口にした。


 この宿の泊り客はみんなマナーがよかったはずだ。


 こうもわざとらしく足音を立てて階段を上がってくるものなどいない。


 なにかあったのかと思い、レダは部屋の外の様子を伺おうとすると、




「レダ・ディクソンさんはいますか! 私はアマンダ・ロウ! 回復ギルドの職員です! あなたにお話があってきました!」




 間違いなく名指しされた。


 娘たちからの視線が痛い。


 とくにルナなど、「また新しい女なの?」と頰を膨らませているのだが、あいにくアマンダという女性に心当たりはない。




 ただし、『回復ギルド』という名に覚えがある。


 今、レダが一番関わり合いを持ちたくない組織だった。




「うわ……嘘だろ」


「回復ギルドってなに? おとうさん?」


「なんだろうねー」


「ていうか、パパとのイチャイチャタイムを邪魔するとか万死に値するんですけど!」




 家族の時間を邪魔されて憤るルナもまた、誰が騒いでいるのか見てやろうと立ち上がった。


 ――片手にナイフを持って。




「しかたがないな、回復ギルドとだけは関わりたくなかったんだけど放置したせいで宿に迷惑かけるのも気がひけるし、いくか」


「任せてパパ。いざとなったらあたしがナイフでひゅってね」


「いや、それは駄目だからね」




 物騒なことをかわいらしい笑顔で言う娘をたしなめるように頭を小突くと、レダは部屋の扉を開けて廊下を覗いた。




「おいっ、レダ、出てくるんじゃねえ。話がややこしくなる!」


「テックスさん?」




 廊下では、見知らぬ女性が友人の冒険者テックスによって羽交い締めにされていた。


 女性は三つ編みを振り乱し、ヒステリックに騒いでいる。


 顔を見ても、やはりレダには見覚えのない人だった。




「部屋の中に戻れ! お前さんが進んで面倒ごとに関わるこたぁねえだろ!」


「あなたがレダ・ディクソンですね! 私は回復ギルドの職員のアマンダ・ロウです。私はあなたに――」


「迷惑だから帰ってください」


「――え?」




 アマンダの言葉を遮ってレダは冷たく告げた。




「ですから、私は」


「聞こえていましたよ。回復ギルドの人でしょう」


「ならば話を」


「いえ、俺は回復ギルドと話をすることはありません」


「……馬鹿野郎、レダ。お前、そんな言い方したら、このお嬢さんが」




 取りつく島もなく、話さえまともに聞こうとしないレダの態度に、アマンダが激昂した。




「――レダ・ディクソン! その態度、あなたは何様ですか! わざわざ王都からこんな辺境の田舎に足を運んできたというのに!」


「いや、俺頼んでないですし」


「あなたを回復ギルドに加入させて、正しい治癒士として導こうとしているんですよ! それを帰れ、ですって!?」




 唾を飛ばして大声をあげるアマンダに、レダは嘆息する。




「あー、こういう人なのか。テックスさん、すみませんけど、この人を宿の外へ連れて行ってください。このままじゃ宿のみんなの迷惑になってしまいますから」


「お、おう」




 慌てることなく淡々と片付けようとするレダに、テックスは少々驚いたように返事をする。


 きっと彼は、このヒステリックな女性の言動にもっとレダが慌てふためくと思っていたのだろう。


 テックスは返事をすると、拘束から逃れようとするアマンダを引きずり宿の外へと向かう。




「ねえ、パパ、あのおばさんどうするつもり?」


「ちょっと怖かった」


「俺のせいで悪かった。すぐに帰ってもらうよ。俺は回復ギルドなんかに所属するつもりはないからね。昔はどうあれ、今は金の亡者の集まりだ。そんなのと一緒にされるのはごめんだよ」




 まだアマンダの怒声が聞こえるので、レダはうんざりした様子でテックスを追いかける。


 姉妹は顔を見合わせたあと、レダの後についていくことにした。








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