30「会議と乱入者」④
そのあまりにも傲慢な意見に、ついにミレットが限界を迎えた。
「ふざけないでください!」
レダだけではなく、彼の娘たちルナとミナとも親しくしているミレットにとって、彼を使い潰そうとしているなどという疑惑はとてもじゃないが許せるものではなかった。
「あなたたち回復ギルドが金稼ぎをするのは構いません。正直、勝手にすればいいとさえ思っています。ですが、レダさんのようないい人を、あなたたちのように人の足元をみるような人たちの仲間にしようとしないでください! 私たちが使い潰すとおっしゃいましたが、あなたたちこそ利用しようとしているだけじゃないんですか!」
「なんですって! 大人しく聞いていれば好き勝手に!」
「あなたのどこが大人しく話を聞いていたというんですか!」
「そこまでだ!」
雷のような大きな声に、争っていた女性たちがぴたりと動きを止めた。
声の主は、ギルド長ラングだ。
彼は大きく深呼吸し、感情を殺して、アマンダを見据えた。
「私も君には言いたいことがあるが、この場では黙っていることにしよう。ミレット、お前はもっと冷静になれ」
「申し訳ございません」
「さて、アマンダ殿といったな。この場から退出することを願いたい」
「……なんですって」
「退出するよう言ったのだ。私たちは、この町のためにレダ殿の診療場を作る会議をしている。君からすれば、レダを利用しようとしているように見えるかもしれない。いや、実際、私たちは彼に頼りきりだ、利用していると言われても反論は難しい」
「でしたら!」
「しかし! 彼は冒険者だ! 冒険者ギルドに所属し、治療費も彼が納得する範囲で支払っている。つまり、君たち回復ギルドの出番はないのだよ」
レダが冒険者ギルドに不満を持っていたら話はまた違ったかもしれない。
だが、そうではない。
冒険者ギルドとレダの関係は友好的だ。
お互いに不満を持っていない。
ならば、回復ギルドに余計な口出しをされる謂れもないのだ。
「それはレダ・ディクソンが回復ギルドと治療士についてよく知らないからではないでしょうか? だから、いいように使われているのに納得しているのです。違いますか!?」
回復ギルドの職員が冒険者ギルド長に向かってよく言うと、怖いもの知らずの態度に、テックスたちはある意味感心する。
「ならば、我々の前に彼と直接話し合うべきだ。彼が君から回復ギルドと治療士のことを聞き、その上で、冒険者ギルドを脱したい、診療所を嫌だというのなら私たちも考えなければならないが、今はまだ君がひとりで騒いでいるに過ぎない」
「……私を侮辱するのですか」
「事実を言ったまでだ。一応、君が勘違いしていると困るので言っておくが、彼は我々の仲間であり、隣人であり、家族だ。助け合うことがあっても、使い潰そうなどとは思いもしない」
「……家族ですって? なにを馬鹿なことを」
「君ともう話すことはない。退出してもらおう。それとも、力づくで追い出されたいのかね?」
「いいでしょう。今日はここで引きましょう。ですが、レダ・ディクソンが私たちのことを正しく知れば、あなたたちに見切りをつけるでしょう」
最後まで自分の言いたいことだけを言い放つアマンダに、ミレットが応じた。
「レダさんがそんな人間ではないと私たちは知っています。どうぞ、もうお帰りください!」
「ふん。では、はっきりさせましょう。あなた方が、利用しようとしていたレダ・ディクソンに拒まれ、不遇な扱いをした治癒士たちに泣きつくのを楽しみにしていますよ」
そう言い残してアマンダは、会議室を去っていく。
ミレットは最後まで彼女を睨みつけていた。
そして、アマンダの姿が消えると、爆発した。
「なんですか! あの人! 急に現れて好き勝手言って!」
「すげえ嬢ちゃんだったな。ああも、心から回復ギルドと治癒士を素晴らしいと思っているんだから、驚くしかねえや」
「絶対にあの人は治癒士が嫌われているって気づいてないですよ! 頭の中がお花畑なんですよ!」
ミレットの怒りはそう簡単に収まりそうもない。
レダのことを知らないくせに、よくもああも勝手なことを言えたと憤っていた。
「ま、周囲の人間に嫌われるのを気にしていたら回復ギルドの職員なんてやってられねんだろうさ」
「かもしれませんね。――あ!」
「なんだよ?」
「いえ、なんといいますか、ギルド長はレダさんと話をしろとあの女に言いましたけど……あの勢いだとレダさんのところにあのまま押しかけかねないんじゃ」
「……おいおい、そりゃまずいだろう! いや、レダが回復ギルドになびくなんて微塵も思っていないけどよぉ、厄介ごとが向かってるくらいは伝えておかねえと」
「どうしましょう!?」
「しかたがねえ、俺がいくわ。会議はあんたらで続けてくれ」
「わかりました。レダさんをよろしくお願いします。テックスさん」
「あいよ」
心配するミレットに返事をしたテックスは、ギルド長とエーリヒたちとも目配せをすると、会議室を小走りで出て行った。
「間に合うといいんですけど」
「そう願おう。……あとで私も謝罪にいかないとな」
「あ、余計なことを言った自覚はあるんですね」
「余計なことではないさ。あのアマンダという回復ギルド職員が、レダ殿のいない場所でなにを言っても解決はしなかった。冒険者ギルドとしては、彼自身に回復ギルドを拒んでもらうのが一番なんだが」
「レダさんは回復ギルドなんかに移ったりしませんよ!」
ミレットには確信があった。
人々の足元を見た高額請求をする回復ギルドと治癒士たちと、人々のために嫌な顔ひとつせず治療をしてくれるレダとでは価値観がまるで違うはずだ。
ゆえに、アマンダがなにを言ってもなびくことはないだろう。
なによりもあの高圧的な物言いでレダを説得できるとは思わない。
ただ、それでなくとも忙しい彼に新たな揉め事がむかったことを、冒険者ギルドの職員として申し訳なく思うのだった。
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