28「会議と乱入者」②
「テックスさん? つい、今しがた、診療所について賛成してくださったばかりじゃないんですか! 今さらどうして反対なんて!?」
「ミレットちゃん、勘違いしないでくれや。俺は反対はしちゃいねえよ。心からレダの診療所ができてくれればいいと思ってる。だけどよ、それじゃあ、この町の治癒士たちはどうするつもりなんだ?」
「……それは」
テックスの問いかけにミレットはもちろん、この場にいる誰ひとりとして返事ができなかった。
アムルスの町にいる治癒士はふたり。
どちらも治療費は高額で、おいそれとかかることはできないのは変わらない。
ひとりは性格に難があり治療費を用意した患者を拒むこともある。
もうひとりは、どちらかというと治療よりも研究をしたいらしく、頼りたいときに留守にしていることがある。
そのせいか、お世辞にもアムルスとはいい関係を築けてはいない。
それでも、今までは彼らに頼る他ない状況だった。
「別に奴らになにかしてやれなんていうつもりはねえんだ。だけどよ、まるっきり無視して話を進めていいものでもねえだろう」
「……最近、ギルドのほうに治癒士おふたりから苦情の訴えがありました」
「はっ、苦情ってよく言いやがる。どうせレダに患者を取られた文句だろう?」
「ええ、その通りです。レダさんのほうが腕も確かで治療費も安い。いつでも嫌な顔をせず治療してくれます。はっきり言って、金と文句ばかりの治癒士に頼りたいとは思いません」
「俺ら冒険者だって同じさ。金はねぇ、だけど怪我をするのは職業柄避けては通れねえ。だから、レダみたいな治癒士に頼る他ないんだ」
テックスの言い分も理解できる。
いくらレダが町の人たちのために尽くしてくれるからとはいえ、以前からいる治癒士を放置して彼だけ優遇するのは問題だ。
これではレダが恨まれてしまう可能性だって十分あった。
「商業連合にも苦情はきていますが、概ね同じです」
冒険者ギルドと変わらず商業連合にも治癒士からの苦情が来ていると、うんざりした様子でエーリヒが伝えた。
彼の様子から、苦情は一度や二度ではないのだろう。
「実際、我々商業連合もレダさんのお世話になるようになってから、この町の治癒士を利用していませんからね」
「ま、商人たちに、安くて腕のいい治癒士を利用するなっていうのは無理な話だよな」
「茶化さないでくださいテックス殿。いえ、事実ですが」
実際、商業連合は怪我人がでるとレダに治療をお願いしていた。
以前はポーションや、この町の治癒士を頼っていたのだが、いかせん治療費が高い。
レダの良心的な治療費は、住民、冒険者のみならず、商人たちにも人気だった。
「どうしましょう、ギルド長?」
「レダ殿の診療所は予定通り始めてもらう。これは変わらない。しかし、この町にいる治癒士も放置はできない」
「ならどうするってんだ?」
「私が話をしてみよう。彼らと折り合いがつけることができれば一番だが」
「それはできねえだろ。できりゃとっくに治療費を下げるなり、もっと真摯に患者を見るなりしていたはずだろうがよ」
テックスの言うことは間違っていない。
話して解決するのなら、すでに解決している。
していないからこそ、レダが頼りにされているのだ。
「俺が心配しているのはそこじゃねえんだよ。診療所建てて、レダが逆恨みされないかどうかを心配してるんだ。レダのところにはお嬢ちゃんたちもいるからな、なにかあってからじゃ遅えだろうが」
「提案ですが、レダさんは医者と薬師も一緒にとご提案くださっているのですから、護衛も在中させるのはいかがでしょうか? いくらレダさんが冒険者でも、荒事を引き受ける人間がいたほうが心強い」
「そう、ですよね。私も賛成です。この町にレダさんは必要ですし、ミナちゃんとルナちゃんになにかあったら……そんなこと考えたくもありません!」
レダは底辺とはいえ冒険者だ自分の身くらい守れるだろう。
しかし娘たちはどうだろうか、と一同が心配する。
まさか治癒士たちが直接的な報復に出るとは限らないが、警戒して損はない。
「ギルド長。私も、話し合いでは解決しないと思います。苦情をもらった際に、治療費を下げてみることを伝えたのですが、なぜ私たちに合わせなければならないのかと一蹴されてしまいました。そんな人と、どう話をしろと言うんですか?」
「もういっそ追い出したらどうだ? 話もできねえ、自分たちの稼ぎしか考えてねえ、こっちの足元を見てばかりの奴らなんて、いてもいなくてもかわんねえだろうが。いや、いなくなってはじめて感謝されるだろうさ」
誰もが言うのを躊躇っていた「追放」をテックスが口にした。
ただし、それは難しい。
治癒士たちは、高額の治療費を取る。治療も時間外にしてくれるわけではない。時には治療を拒むことがある。だが、犯罪をしているわけではない。
住人が嫌っているとはいえ、簡単に「追放」するわけにはできなかった。
レダの診療所の話から、長年頭を悩ませていた問題へは話が膨らんでいく。
解決策があるのかと誰もが頭を悩ませていたときだった。
ばんっ、と勢いよく会議室の扉が開かれた。
「会議中に失礼します! 回復ギルドの職員として、はぐれ治癒士に診療所を建てることを反対します!」
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