27「会議と乱入者」①




 冒険者ギルドアムルス支店では、治癒士レダ・ディクソンの診療所の話が大詰めとなっていた。


 会議に参加しているメンバーは、冒険者ギルド長ラング、彼の秘書であり受付嬢のミレット。Aランク冒険者のテックス。商業連合からエーリヒ。


 他、冒険者ギルドの幹部職員、商業連合の幹部たちだ。


 つまり、この場にいるのは町の顔役たちだった。




「領主様から町の中心部の一等地を快くお譲りいただきましたので、そちらに診療所を建てたいと思います」




 会議を始めるのはミレットだ。




「さらに、ティーダ様個人から支援金をいただきましたので、そちらをありがたく利用させていただきたいと思います」




 先日、ティーダがギルドに現れると「レダのために使ってくれ」と金貨を持ってきたのは記憶に新しい。


 王都に留学中とされていた彼の妹ヴァレリーが、実は大火傷を負い密かに療養していた。そんな彼女を救ったのがレダだったと、すでに町中が知っている。




 町の誰もが、かわいらしく元気だったヴァレリーが苦しんでいたことを知って、心を痛めた。同時に、回復してまた姿を見せてくれるようになったことに喜んだのだ。


 ティーダは兄として、レダに感謝を示したかったのだろう。




「商業連合からすると実にありがたいお話ですな。投資するお話も出ていましたが、レダさんはあくまでも治癒士ですからね」




 診療所の目的は金儲けではない。


 むしろその真逆である。


 高額の治療代を請求する治癒士、神官に頼らなくてもいいように、レダの力を借りるというものなのだ。


 無論、診療所を建設する費用はこちらもちであり、診療所で発生する収益はレダのものだ。




 一見するとメリットがないように見えるかもしれないが、彼が良心的な治療費で治療をしてくれるだけで救われる人間が増える。


 それが町にとっていちばんのメリットだった。




「レダさんの存在には商業連合も感謝しています。今まで、道中でなにかが起きると、お金がかかりすぎていました。いくら人命優先とはいえ、ポーションも決して安くはありません。この町の治癒士も例外なく大金を要求してきますので」


「いちばん世話になっているのは俺たち冒険者さ。最近じゃ、安い治療費で治してもらうのは申し訳ねえから怪我しないように気をつけようぜって言い出す奴まで出てきやがった」




 苦笑しながらテックスが言う。


 事実、冒険者の怪我が減ってきていた。


 ギルド側は、治癒士が安く治療してくれるから怪我に気にせず無茶なことをする冒険者が増えるのではないかと危惧していたが、そんなことは起きなかった。




「冒険者ギルドとしても反対はない。正直なことを言うと、彼に世話になりすぎていると思わなくもないが、町の発展のために協力してもらえればと思っている」




 ギルド長ラングが静かに口を開いた。


 四十代半ばの彼は、剃りあげた頭に立派な髭を蓄える筋骨隆々の男だった。


 実績と経験からギルド長に上り詰めたものの、書類仕事が大の苦手であり、今も現役冒険者として秘書官の隙を見てモンスター相手に暴れることを趣味としている。


 彼もまたレダに期待しているひとりだった。




「そうですね。すでに冒険者ギルドとしてレダさんに依頼をしていますので、今後も変わらず治療をしていただけるのであれば反対する理由などまるでありません」




 最後にミレットがそう括った。


 つまり、この場にいる誰もがレダの診療所に賛成なのだ。




「なら話は早いですな。診療所はいつからのご予定ですか? 商業連合からお手伝いできることは?」


「現在、ドワーフさんたちが急ピッチで建設に取り掛かってくださっています。余裕を持って二週間で立派な診療所ができるでしょう。エーリヒさんには、レダさんたちの暮らしに必要なものの手配をお願いしたいと思っています」




 現在、宿屋を仮住まいにしているレダたち親子三人。


 ギルド側としては、これを機に診療所を彼らの住まいにして欲しいと考えていた。


 これにより、早朝や深夜でも、宿に迷惑をかけることなく患者を運ぶことができる。


 幸い、宿の店主リッグスは急患に嫌な顔ひとつすることのない人物ではあるが、いつも申し訳ないと思っていたのは事実だ。




 アムルスとしても、レダたちに住民として町に腰を据えてほしいと願っている。


 彼のような人材を手放したくないのだ。


 幸いなことにレダ自身は、移住希望者としてこの町に訪れている。


 すでに移住者として登録されており、手続きも終了しているのでもう彼はアムルスの人間ではある。


 だが、ちゃんとした住まいがないことが、いつか彼がふらりとどこかへ行ってしまうのではないかという不安を抱かせるのだ。




 いっそのこと誰かと結婚して、この町から出ていくことがないと安心させて欲しいという住民までいる。


 最近ではレダの結婚相手の最有力としてヴァレリーの名前が挙がることがあり、実際、彼女がレダを慕っているのは、見ればわかる。


 他にも、この場にいるミレットも、彼と親しいゆえ候補として名前が挙がっていたりした。




「かしこまりました。レダさんたちのために、よい家具を手配させていただきます」




 エーリヒが笑顔で返事をし、これで会議も終わりかと思われたが、




「だけどよぉ、このまま診療所を作っちまっていいのかって心配はあるんだぜ?」




 賛成していたはずのテックスが渋い顔をして、そんなことを言い出した。








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