26「回復ギルド職員アマンダと治癒士ネクセン」




 回復ギルド職員のアマンダ・ロウは、王都から同乗させてもらった馬車から降りると、短く礼を言ってそうそうに冒険者ギルドから立ち去った。


 そして足早に約束の場所に移動すると、ひとりの青年と会っていた。




「あの男のせいでこっちの商売が台無しにされたんだ! あろうことか町民は、私に治療費を下げろとまで言ってきたんだぞ!」




 唾を飛ばして激昂する青年は、アムルスに在住する治癒士のひとりだった。


 ここは彼の住まいであり、人々が治療を求めて訪れる場所でもある。


 いや、場所であった、と訂正するべきだろう。




「ネクセン様、どうか落ち着いてください。お怒りはよくわかります」




 二十代半ばの青年ネクセンは、アマンダの嗜める声に冷静さをわずかに取り戻した。




「……すまない。最近、頭に血が上りやすいんだ。あなたに当たってもしょうがないことだとわかっているんだが……おのれっ、レダ・ディクソンめ!」


「この町にいるもうひとりの治癒士は、いかがでしょうか?」


「あいつもディクソンが町にきてから暇になったとぼやいていたが、さほど気にしていないようだ。あいつは少々変わっていてな。回復魔法を取得し、使用し、極めることに重きを置いているんだ。そういう意味では、患者がこない現状は回復魔法を使えないから不満なんだろうが」


「なるほど、そうでしたか。聞けば、レダ・ディクソンの治療費はかなり安いのだと?」




 ――だんっ、とネクセンがアマンダの言葉に反応して机に拳を叩きつけた。




「そうだ! あろうことか、あのプライドのない治癒士もどきは銀貨数枚で治療をしているんだぞ!」


「……そんなに安く、ですか?」


「重傷者を相手にはもっと取っているようだが、それでも白銀貨一枚程度だ!」


「……信じられません」


「ギルドから依頼を受けて治療するかたちらしいのでまとまった金はもらっているようだが、だいたいそんなものだと聞いている」




 アマンダは事前に調べてあった情報を脳裏に浮かべる。


 冒険者ギルドは、冒険や町の開拓等で出た怪我人をレダに任せているかたちだ。


 早朝だろうが夜中だろうが、時間関係なくレダに治療させているという。


 にも関わらず値段はネクセンの言葉通りだとすると、あまりにも安い。




(人数が多いゆえにまとまったお金になるかもしれませんが、それでも治癒士としてはだいぶ安いですね)




 時間帯によっては色をつけているようだが、おそらくそれも微々たる物だろうと推測できる。




「失礼ですが、ネクセン様の治療費はいかほどですか?」


「私は最低でも金貨一枚か二枚だ。怪我の具合、時間帯に応じて加算しているが、それでも良心的な値段にしているつもりだ」


「王都に比べればだいぶ安いのは間違いないですね」




 とはいえ、相場ははっきりしていない。


 腕のいい治癒士は一回に金貨十枚を要求することもあるし、新米なども金貨一枚は普通に要求している。


 そう考えるとネクセンの治療費は回復ギルドから見れば、確かに良心的だった。




「辺境の田舎だから気を使ってやっているというのに……まるで金の亡者扱いだ!」


「レダ・ディクソンの治療費が安すぎるせいですね」


「その通りだ! 回復魔法の使えない医者や薬師程度の治療費で、我々の技術を使われたらたまったものではない!」


「ですが、住民の気持ちもわからないわけではありません。安ければ安いほうがいい。どうしてもそう考えてしまうのでしょう」


「それはそうだが!」


「わかっています。しかし、治癒士は誇り高く、尊敬されなければなりません。その技術に必要な値段をつけてもらわなければならないのです」


「さすがアマンダ殿、わかっておられるな」




 理解者がいることでネクセンが安堵の息を吐く。


 アマンダからしても彼の怒りはよくわかった。


 レダの治療費は安すぎる。


 本人が良ければそれでもいいと放置することはできない。


 なぜならネクセンのように仕事がなくなる治癒士が出てきてしまうからだ。




(……彼は治癒士として活動する前に、ネクセン様たちに挨拶をするくらいの礼儀はなかったのでしょうか? そうすれば、値段を統一して患者が集まらないようにもできたはずですが……常識のない方のようですね)




 アマンダは、今回の問題はすべてレダのせいだと思っている。


 彼さえいなければ、住人達は変わらずネクセンたちを敬い頼っていただろう。




「実を言いますと、今回この町にきたのは、レダ・ディクソンを回復ギルドに勧誘するためでした」


「なんだと?」




 ネクソンの顔が、あからさまにおもしろくないとばかりに変化した。


 それもそうだろう。自分の邪魔をする人間が、同じギルドに所属するなど不快でしかない。




「名誉ある会員になることで、彼に治癒士の自覚を促したかったのですが……ここまで暴挙を行う人間であるのなら、見送るしかないかもしれませんね」


「はっ、さぞショックを受けるだろうな。だが、いい薬だ。奴も自分の過ちにこれで気づけるやもしれん」


「私どもとしては、才能ある治癒士をはぐれにしておきたくないのですが、お話を聞く限り、レダ・ディクソンにはどうやら常識がないようですね」


「まったくその通りだ。同じ治癒士を名乗っていることに怒りさえ湧いてくる」




 苛立ちを隠そうとしないネクセンは、アマンダに問いかける。




「回復ギルドのほうで奴をなんとかできないのだろうか?」


「わかりました。まず、私が彼に話をしてみましょう。ネクセン様たちに謝罪し、態度と治療費の設定を改めるというのなら、回復ギルドへの参加も許してもいいかもしれません」


「うむ。あと、できるなら謝罪はもちろんだが、私の仕事の邪魔をしただけの賠償も要求したいな」


「いいでしょう。その上で拒むというのなら、彼は回復ギルドの敵となるでしょう」




 はっきりそう言ったアマンダに、ネクセンは満足げに頷いた。








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