24「ドラゴンの査定」③



「申し訳ございません。残念ながら、私には値段がつけられません」




 巨体を誇るブラックドラゴンを前に、エーリヒは深々とレダに謝罪した。




「え? どうして? なぜですか?」


「まさかこれほどまでよい状態だとは夢にも思っていなかったのです」


「いい状態ですか? これ?」




 片翼を切断され、矢に射抜かれたドラゴンをしげしげと眺めるレダに、エーリヒはとんでもないと大きな声を出す。




「ドラゴンを相手にここまで綺麗な状態で倒せる方などそうそういませんよ! そうですね。実際にそんなことができるのは勇者様くらいでしょう」


「勇者様ね」


「あとドラゴンが大きすぎます。もっと小ぶりだと思っていました。これではさすがにお値段がつけられませんよ」




 いやはや困りました、と、エーリヒは額に浮かんだ汗をハンカチで拭う。




「じゃあどうすればいいんでしょうか?」


「オークションですな」


「オークション?」


「はい。王都でオークションにかけるのが一番です。私たち商人が無理をして値段をつけるよりも、ずっと高額な値段がつくでしょう」


「オークションまでして買う人がいますか?」


「そりゃいますよ! 例えば、コレクター、金を持て余している貴族、そうですね、あとは職人たちが組んで競り落としにくるでしょう。ここまでいい状態のブラックドラゴンなら、いったいどれだけの値段がつくのか……しかし」


「しかし?」


「王都でオークションなので、時間がかかってしまうんですよね」


「あー、それが問題ですね」




 レダとしてはエルフにお金をできる限り早く渡したかった。


 復興はすでに進んでいるようだが、どうしてもお金は必要だろう。


 とくに今後、人間と友好を深めていくのなら尚更だ。




 実を言うとレダは、ここまで大きな問題になるとは思わなかった。


 一般的なモンスターを買い取ってもらう時のように、翼がいくら、鉤爪がいくら、など部位ごと値段がつくと思っていたのだ。




 もちろん、ドラゴンなので高額の予想はしていた。


 しかし、エーリヒは、ドラゴンまるごと一体で値段をつけようとしているようだ。


 ドラゴンの査定の仕方がおそらく、それが普通なのだろう。




「なにかお急ぎの理由でもおありですかな?」


「実はですね――」




 レダはエーリヒに説明する。


 エルフと知り合ったこと。彼らの集落を襲ったブラックドラゴン討伐に協力したこと。


 ブラックドラゴンを金銭に変えて、集落の復興に足りない資金を補おうとしていること。




「エルフですと!? ……実在していると聞いたことはありましたが、そうですか、アムルスはエルフと交流を始めたのですね」


「ええ、最近のようですが」


「……なるほど、でしたらエルフの方々をご紹介くださいませんかな? 私が復興に必要な資金を、全てとは言えませんが、当面必要な分をお貸ししましょう。それでオークションが終わるまで問題ないのではないかと」


「いいんですか?」




 レダは驚いた。


 細かくいくらかかるかわからないが、里を復興するのだ、それ相応に金は必要なはずだ。


 しかし、エーリヒは笑顔で問題ないと返事をした。




「オークションさえ終わってしまえばお貸しした分は問題なく回収できますからね。ドラゴンが大金になることはわかっていることなので、問題などありません」


「……ああ、なるほど。でも、オークションがうまくいくかわからないんじゃないですか?」




 レダは心配だった。


 ドラゴンがいくら大金になるからとはいえ、欲しがる人間がいるかということだ。


 好事家がいることは知っているが、不安だった。




「レダさん、貴族をはじめ、金を持っている人間は持っているんですよ。そんな方の大半が、変な収集癖を持っているのです」


「へえ。そんなものですか」


「とくに貴族なんてプライドと見栄の塊ですからね。このようないい状態の、しかもブラックドラゴンをオークションにだせば飢えた獣のように飛びついてきますよ」




 平民のレダにはいまいち貴族の趣味は理解でいない。


 ただ、ドラゴンを買い取ってくれる人間がいるのならそれでよかった。




「じゃあ、オークションはお任せします」


「はい、かしこまりました。うまく釣り上げて大金を作ってみせますよ!」




 今からわくわくしているエーリヒは間違いなく根っからの商人だ。


 実に頼もしい。




「エーリヒさんがきてくれてよかったです。助かりますよ」


「いえいえ、こちらこそ利益がありますので! なによりも、エルフの皆様とご縁を作れるという下心もございます」


「あー、そういうことですか」


「はい。今後、エルフの集落でなにかと入り用でしょうから、ぜひ我が商会を利用していただければ、と。こちらとしてもエルフと取引しているという箔がつきますので。利点ばかりです」


「それでも助かります。それじゃあ、この町にきているエルフを紹介しますね」


「よろしくお願いします。ああ、楽しみです! 実は、幼い頃から本を読んで、よくエルフを想像したものです。まさかこの歳で夢が叶うとは……人生なにが起きるかわかりませんねぇ」




 エルフと会えることを喜ぶエーリヒに苦笑しつつ、彼をエルフが借宿にしている宿屋に連れて行こうとする。


 だが、




「あれ?」


「レダさん?」




 なにかに気づいて足を止めた。








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