23「ドラゴンの査定」②




 レダがまだ見ぬ未来から逃避していると、応接室の扉がノックされた。




「あ、お見えになったみたいですね。どうぞ、入ってください!」


「失礼しますね」




 ミレットが返事をすると、現れたのは見覚えのある男性だった。




「あれ? あなたは、エーリヒさん?」


「いやはや、ご無沙汰していますね、レダさん」




 彼は、エーリヒ・ラッハー。


 アムルスへの道中でミナと一緒に出会い世話になった商人だ。


 町に到着して再会を約束したものの、その後、会っていなかったのだが、まさかここでまた会うことができるとは思ってもいなかった。




「ご縁が巡り巡って私がドラゴンの査定をさせていただくことになりました」




 ミレットに促されてソファーに腰を下ろしたエーリヒは、笑顔を浮かべて挨拶してくれた。




「エーリヒさんはギルドが信頼している商人のひとりです。商業連合の幹部でもあるんですよ」


「へえ、そうだったんですね」


「お恥ずかしい。幹部などと、名ばかりです。商人としては中堅ですので、まだまだ修行の身ですよ」




 謙遜するエーリヒだが、ミレットから信頼されているのがよくわかる。


 レダも短い付き合いだが、彼がいい人であることは知っている。


 商人としてはどうか不明だが、安心して査定を任すことができると安心した。




「今回の仕事は、レダさんと直接顔見知りということで受けさせていただきました。私にとってドラゴンを扱うのは初めてですが、頑張らせていただきますよ」


「よろしくお願いします」


「伺っていましたが、本当にお知り合いだったのですね」


「ええ、この町に商品を運搬中にレダさんに助けていただいたのですよ。そうそう、あのかわいらしいミナさんはお元気ですか?」


「元気です。最近、姉と再会したこともあって、三人で仲良くやっています」


「それはよかった。家族は仲がいいのが一番ですからね。さてと、では、そろそろ査定をはじめさせていただきましょうか。よろしいですかな?」


「ぜひ、お願いします」




 レダは深く頭を下げた。


 彼のおかげで、ようやく査定ができる。


 エルフたちも待っていたに違いない。




「あ、レダさん、ギルドの外に場所を用意してあるのでそちらに移動してもらっていいですか?」


「はい。こんなところでは出せませんよね」




 室内でドラゴンをアイテムボックスから取り出したりすれば大惨事となる。


 この部屋は内側から破壊され、レダたちは下手をすれば圧死だ。


 そんなミスを犯すつもりはないが、万が一のことを考えて慎重になる。




「そうでした。実はレダさんにお伝えしておきたいことがあったんです」


「なんですか?」




 立ち上がって部屋から出ようとしたエーリヒが、思い出したとばかりに振り返った。




「言いづらいのですが、王都からひとりこの町へご一緒した人物がいます」


「はあ」


「その方は回復ギルドの職員です」


「――っ」


「……ついにきましたね」




 治癒士の大半が所属しているという回復ギルド。


 彼らの法外な治療費請求に同意できないレダは、回復ギルドに所属することなく治癒士の活動をしている。


 つまりフリーなのだ。


 そのことを面白くないと回復ギルドがいつか動くと思っていたが、ついにその時がきたようだ。




「どうやらレダ殿について調べまわっているようですよ」


「ついにきたか、って感じですね」


「冒険者ギルドとしてはなにも連絡を受けていないんですが!」




 まったく連絡もなしに回復ギルドの人間が町に入り、レダを調べていることにミレットは憤った。


 レダは元々冒険者として活動していたこともあり、所属は冒険者ギルドだ。


 それを別ギルドが勝手にどうこうするのは面白くない。


 なによりも、回復ギルドのような金の亡者にレダを渡すつもりもないのだ。




「こうなったらあとで回復ギルドに抗議文を送っておきます! レダさんは冒険者ギルド所属です! それを勝手に調べるなんて、ふざけていますよ!」


「もしかしたら回復ギルドに所属させるつもりなのかもしれませんね。私もレダさんについていろいろ聞かれました」


「そんなこと絶対に許しません! ああっ、もうっ! とりあえずドラゴンの査定をしてしまいましょう! レダさんたちは先に外に行っていてください。私はギルド長にこの件を報告だけしてからすぐに追いかけますから。お願いします!」




 そう言ってミレットは慌ただしく部屋から飛び出していった。




「厄介なことにならないといいんだけどなぁ」


「回復ギルドと関わって厄介なことにならないのは、彼らに同調する治癒士だけです」


「つまり?」


「きっと厄介ごとになるんでしょうね」


「……あはははは、俺もそう思います。うへぇ」




 レダとしては突如現れた厄介ごとの予感に、乾いた笑いしか出てこない。




「そうそう、あと、王都で商人仲間からレダさんに渡して欲しいと頼まれた手紙も預かっていますよ。どうぞ」


「ありがとうございます。誰かな? ――っ、これは! すみません、ちょっとこの手紙だけ読ませてください」


「ええ、どうぞ」




 エーリヒに断りを入れて、手紙を開封する。


 そこには以前のツテを使って頼んでいた調べ物に関する返答が丁寧に記載されていた。


 すべてを読み終えたレダは、大きく息を吐き出した。


 まるで、安心したとばかりだ。




「大丈夫ですか、レダさん?」


「はい。これで、ひとつの憂いがなくなりました」


「ふむ。どのようなことかわかりませんし、詳しくは聞きませんが、憂いごとがなくなったのであればよかったですね。では、次は査定と参りましょう」


「そうですね。寄り道しちゃいましたけど、よろしくお願いします」




 ふたりはギルドの外へ向かった。








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