22「ドラゴンの査定」①



「先日は大変な目に遭ったそうですね」




 ギルドの応接室にて、苦笑交じりのミレットにレダも苦笑いを返した。


 先日、宿で起きた商人ムンザの醜態と、領主の妹ヴァレリーを呪っていた衝撃の事実は、あっという間に町に広がっていたようだ。




「ムンザは王都に移送されたようですよ」


「あれ? ティーダ様が裁かなかったんだ?」


「ええ、事が事ですからね。領主のご家族を呪っただけでも恐ろしいことをしたというのに、貴族の屋敷に放火もしていますから。それに、余罪をずいぶんと吐いたらしいですよ」


「やりたい放題やってたんだなぁ」


「どうやらそうみたいです。王都でも結構、悪どいことをしていたようで、まとめて裁くと聞いています」


「罪はどうなるんでしょうね」


「おそらく死罪でしょう。他はちょっと考えられませんよ」




 死罪と聞くと嫌な気分になる。


 もちろんムンザに同情したとかかわいそうに思ったわけではない。


 ただ、死んでお終いするには簡単すぎると思っただけだ。




「ま、貴族の屋敷に放火して、ヴァレリー様を大火傷させていますからね。これだけで普通に重罪だ」


「貴族たちからすれば、許されざる行為です。見せしめも兼ねて判決が出次第すぐに処刑が行われるでしょうね。おそらく私財はすべて没収の上、親類縁者にもなにかしらの罰が与えられるでしょう」


「それだけ取り返しのつかないことをしたってことだね。せいぜい後悔するといいさ」




 もしかすると、アムルスでティーダに裁かれていたほうが生きながらえていたかもしれない可能性がある。


 だが、悪事を働いた人間に同情はしない。自業自得なのだから。




「まったくです。こんな田舎町でも結構な騒ぎになってしまっていますよ」


「そんなに?」


「ええ。領主様に目をつけられたくないと、誰もムンザの商店に寄り付きませんよ」


「……別にティーダ様は、ムンザの店を利用したからってどうこうしないと思うんですけど」


「もちろんそんなことは住民たちもわかっています。レダさんは最近この町にきたので存じてないかもしれませんが、ヴァレリー様が御隠れになる前、住民たちとよく交流がありました。残念なことに、この町にも孤児がいます。彼らの面倒をみていたヴァレリー様を多くの人が好いていました。それだけに、ムンザを許せない。だから、店にも近寄りたくないというのが本音でしょう」


「ヴァレリー様は愛されていたんですね」


「それはもう! 一年前、話が頓挫してしまいましたが、孤児院を建てる話も出ていたんです。私たちは急にどうしてと思っていましたが、まさかお心を塞いでおられたとは知りませんでした」




 住民たちに愛されていたヴァレリーを狙ったムンザへの悪感情はなかなかのものらしい。


 貴族云々ではなく、年若い女性に大火傷を負わせ苦しめていたムンザへ同情する者はいないだろう。




「ところで、そんな閑古鳥が鳴いている状態で従業員はどうしているんでしょうね」


「ムンザにすり寄って甘い汁を吸っていた者、悪事に加担していた者は順に罪を償うことになるでしょう。すでに逃げ出している者もいて、ギルドが懸賞金をかけて追いかけています」


「なるほど」


「無関係の方達は、商業連合が再就職できるように取り計らってくれると思いますよ」


「ならよかった」




 商業連合とは、商人たちのギルドのようなものだ。


 助け合いというよりも、情報交換、従業員の募集、ギルドと提携して商品の運送などを主に行っている。


 基本的に、商人は商業連合に所属しているのだ。




「さて、前置きが長くなってしまいましたが、実は本日、ドラゴンの査定をしてくださる方が到着したのでご紹介しようと思っていたんです」


「おおっ、ついにですか! 意外と、時間がかかりましたね」


「そちらについては、お待たせしてしまい申し訳ございません。こちらも王都へ催促していたのですが、あわよくば鑑定するだけではなくドラゴンを買い取りたいという商人たちが仕事の奪い合いをはじめていたそうで……結局、こちらのギルドで信頼できる方を指名する形で落ち着きました」




 ドラゴンは生きていれば災害として恐れられるが、死んでいれば宝の山でしかない。


 手に入れて好事家に売り払えば、かなりの財産になるだろう。


 商人たちが目の色を変えるのも無理はない。




「商人たちの気持ちもわかるんですが、こちらとしてはすでにエルフの皆様と交流をはじめたので、いつまでもお待たせするのは気が引けていたんですよね」


「確か、クラウスがエルフの代表としてティーダ様ともお会いしているんでしたよね」


「そうです。私も縁あってご挨拶させていただきましたけど、エルフをはじめて見たので興奮しました。想像していたよりも、ずっと私たちと変わらないんですね」


「そんなものですよ」




 クラウスは、この町に来たときに宿によって挨拶をしてくれた。


 彼は妻と息子を連れてきていて、しばらく町に滞在するという。


 リッグスやテックスと含め、一度酒を酌み交わそうと約束しているも、最近色々あってまだ約束は果たせていない。




(……心配なのは、そろそろヒルデガルダがくるって聞いているけど)




 なぜか好意を抱いてくれるエルフの戦士が町にきてくれるのは嬉しい。


 純粋に、人間と仲良くなってほしいし、前回は慌ただしく別れたため、もっと話をしたりしたかったというのもある。


 ただ、心配なのは、彼女は嫁入りするつもりでくるらしいということだ。


 エルフから友として認定されていたレダだったが、気づけばヒルデガルダの婿となっていた。




(ぜったい揉める。間違いなく揉める。うん、必ず揉める)




 誰と、とは言わないが、レダの脳裏にはエルフの弓と、二刀のナイフがぶつかり合う瞬間が浮かんでいた。




(……ま、いいや、なんとかなる。うん。なるなる)




 とりあえず、まだ来ぬ未来よりも、目の前のことから片付けていこうとレダは思う。


 ちなみにそれを、現実逃避という。








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