21「呪いの犯人」③



「よく言ってくれたレダ。この男は私が預かろう」




 治療を拒否されて絶望しているムンザの腕を掴んで無理やり立ち上がらせたのはティーダだった。


 ムンザは抵抗しようとしたが、ひと睨みされると大人しくなる。




 痛みのせいとはいえ、散々自分で自白してしまったことから、もう無駄だと察したのかもしれない。


 もしくは、治療を受けられないショックで動く気力もないのかもしれない。




「この男にはもっと聞きたいことが山のようにある。なに、治療はレダ以外にできないだろうが、手当くらいはしてやろう」




 ティーダはそう言うと、ムンザの耳元ではっきりと告げた。




「妹に手を出したことを心から後悔させてやる」




 顔を蒼白にした男を引きずり宿の外へ向かう。




「レダ、すまないが妹を頼んだ。落ち着いたら送り届けてほしい」


「あ、はい。もちろんです」




 一度振り返り、ヴァレリーのことをレダに託すと彼はそのままムンザを引きずっていってしまう。




「りょ、領主様っ、お待ちください! せめて手当をっ、手当を受けさせてください!」




 慌てた秘書が追いかけるも、ティーダは振り返りもしなかった。


 ムンザを担いでいた使用人たちも秘書のあとを追いかけ、いなくなる。


 宿にはなんとも言えない静寂が残った。




「まさかこんな形でヴァレリー様を苦しめていた元凶が見つかるとは思わなかったな」




 人を呪わば穴ふたつというが、まさにその通りの結末になったと思う。




「……レダ様」


「ヴァレリー様、大丈夫ですか?」




 突然すぎる展開に身を硬直させていたヴァレリーに気遣う声をかける。


 さぞ不安だっただろう。


 まさか自分を呪った相手と、昨日の今日で対面することになるとは予想もできなかったはずだ。




「え、ええ、驚きましたが大丈夫ですわ。でもまさか、ムンザ殿がわたくしを呪っていただなんて」


「お知り合いのようでしたけど」


「はい。わたくしが利用していた商店の代表の方でした。その、しつこくお誘いを受けたことがあり、何度も断っていたのですが……そのせいで恨まれることになるなんて思ってもいませんでしたわ」


「振られた男の逆恨みです。さっさと忘れてしまったほうがいいでしょう」


「……はい。そうですわね」


「ティーダ様が連行しましたし、相応の処分もされるでしょう。だからもう心配しなくていいんですよ。あの男が今後、ヴァレリー様を煩わすことはありませんから」




 理由はどうあれ、ムンザがすべての元凶ならば、領主の屋敷に放火したことにもなる。


 領主の妹に怪我を負わせ、一年も心を塞いでしまったのだ。


 重罪どころの騒ぎじゃない。




(せいぜい重い罪に問われてくれることを祈るよ)




 ヴァレリーの手前、口にこそしなかったが、あの卑劣な男に相応の罰を願うレダだった。




「あの、レダ様」


「はい?」


「あの方に襲われそうになったとき、身を呈して守ってくださってどうもありがとうございました」


「いえ、とっさに体が動いただけです」


「これでレダ様に助けられたのは二度目ですわね。わたくしを庇ってくださっただけではなく、わたくしのために怒ってもくださいました!」




 瞳を潤まして感謝してくれるヴァレリーに、くすぐったい気持ちになる。


 人として当たり前の怒りを抱いただけだ。


 行動に移したのはレダだったが、この場にいたすべての人が同じ気持ちを抱いただろう。




「わたくし感動いたしました! わたくし、わたくしっ!」




 ついに感極まってレダに抱きついてしまうヴァレリー。


 彼女の体温と、甘い香りは、女性慣れしていない中年男性には少々刺激が強すぎる。


 ぎゅっ、と力強く腕をレダの体に回す彼女の力は意外と強く、引き離すにはちょっと強引にしなければならない。


 だが、そんなことをしてしまえば、拒んでいるみたいで躊躇われた。


 だからといって、彼女を抱きしめるわけにもいかない。




(――誰か助けて……ってみんなニヤニヤしてるし!)




 周囲に助けを求めて視線を彷徨わせるが、リッグスをはじめ、宿にいた客たちは笑顔を浮かべていて助けてくれそうな気配が微塵もない。




「あーーーっ! なにしてんのパパ!?」


「ルナ!?」


「わたしもいるよ!」


「ミナも!?」




 どうしようと悩んでいると、今までずっと姿を見せなかったルナとミナが厨房から現れた。


 フリルをあしらった白いエプロンを身につけた姿は贔屓目なしにかわいらしい。


 娘のひとりが目を釣り上げて怒っていなければ、気の利いた台詞のひとつでも出ていたかもしれない。




「さっきからうるさいなぁって思っていたけど、パパにおいしいもの食べさせたくて頑張っていたのに……どうして領主の妹がパパにメスの顔して抱きついてるのよ!?」


「パパたちだいたーん」




 顔を真っ赤にして怒る姉と、頬に手を当てて凝視してくる妹。


 怒鳴るだけでは我慢できなかったのか、




「ちょっとパパから離れてよ!」




 ルナは未だ感極まって抱きついていたヴァレリーを力任せに引っぺがした。




「あん……ああ、レダ様が」


「レダ様が、じゃないわよ! あんたどういうつもりでパパに抱きついていたの? 納得できるように説明してくれないっ?」


「それは……ぽっ」


「はいはいはい、わかりましたー。つまり、またあたしに喧嘩を売るってことね! 言い値で買ってやらぁーーー!」




(こんなこと絶対に口にはできないけど、今だけはルナのおかげで助かった)




 領主の妹だろうと躊躇うことなく襲いかかるルナをさすがに放置できずに羽交い締めするレダだったが、内心ではヴァレリーの抱擁から逃げ出すことができてよかった、と安堵の息を吐くのだった。








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