20「呪いの犯人」②
「沈黙は肯定ととるぞ? なにか釈明はないのか?」
「りょ、領主様……なんのお話をしているのかわかりませんが、ムンザ様は大怪我をしております。お尋ねしたいことがあるのなら、まずは治療から――」
「黙っていろ!」
「はいぃっ」
主人に不利と悟ったのか、止めに入ろうとした秘書をティーダが一喝した。
「邪魔が入ってしまったが、もう一度だけチャンスをやろう。私の屋敷に炎を放ち、ヴァレリーを呪ったのはお前か?」
領主の問いかけに、ムンザは体を震わせた。
ぎろり、と淀んだ目を、ティーダとレダの後ろに控えていたヴァレリーに向ける。
「私は悪くないっ! この小娘がっ! 領主の妹だからといっていい気になっているのが、私を見下したのが悪いのだぁぁああああああっっ!」
「……言いたいことは山のようにあるが、自白として受け取ろう」
拳を固く握り締めるティーダは、いつムンザに殴りかからないか心配だ。
レダは、彼が短慮なことをしないよう落ち着くように声をかけようとした。
そのとき、
「おのれぇええええええええええっっ!」
動かすのも苦痛だったはずの体を突如起こして、ムンザが吠えた。
(――まずいっ!)
とっさにレダが動いた。
同時にムンザが、唾を飛ばして口が裂けんばかりに叫んだ。
「ゔぁれりぃいいいいいいいいいいっっ!」
目の前に立っているレダとティーダを無視して、口元を抑えて硬直しているヴァレリーに掴みかからんとするムンザ。
だが、そんな暴挙はレダが許さない。
ムンザの体をレダが掴み、床へと叩きつけた。
「いくら怪我人でも女の子への乱暴は許さない」
本音を言えば殴り飛ばしたかったのだが、彼の体調を考えて我慢する。
万が一、彼の暴挙がヴァレリーを傷つけていたら、我慢できなかっただろう。
男を押さえつけたまま背後を振り返ると、驚きと恐怖で涙を浮かべたヴァレリーが呆然と立ち尽くしている。
「お怪我はありませんか?」
「え、ええ、レダ様のおかげですわ」
「ならよかった」
「離せっ、離せ離せ離せぇえええっ! この小娘はっ、せっかく私が妻にしてやると言ってやったのに断りやがったのだ! ふざけおってっ! 私に恥をかかせたのだぞっ! だからそのご自慢の顔を燃やしてやったんだ!」
「……お前……そんなつまらない理由で」
「この一年間、心を壊して苦しんでいたはずだ! なのに、なぜ、私が苦しまなければならないのだ! なぜ私が! 呪いは完璧だったと言っていたではないか!」
「もういい、黙ってくれ。不愉快だ」
「貴様が苦しめばいいのだ! なぜ私がこんな目に遭わなければならないのだ!?」
「黙れって言ってるだろ!」
ついに我慢できずにレダが叫んだ。
ティーダとヴァレリーは怒りを通り越して唖然としていた。
無理もない。
まさか振られた腹いせに、貴族の屋敷に火を放ち、ひとりの女性を一年間も苦しめていたとは思っていなかったのだろう。
レダだって同感だ。
ヴァレリーを狙っていた人間がいると知っていたが、てっきり領主である兄に恨みを持つ誰かによって狙われたとばかり考えていた。
彼女が恨みを買うような子だとは思わなかったからだ。
だが、まさか、こんな結末になるとは夢にも思っていなかった。
「おいっ、貴様! 治癒士! 私を治せっ、ヴァレリーを治せたのなら、私のことも治せるはずだ! お前も治癒士なら金がほしいだろう? いくらでも払う、なんなら女だって提供してやろう! だから早く、この痛みから解放してくれっ!」
よほど痛むのだろう。
涙さえ流してレダに治療を懇願するムンザ。
呼吸は荒く、口からよだれさえ垂れながら、必死に言葉を吐き出している。
「――断る」
「……な、なんだと?」
「断るって言ったんだ。俺はあんたの治療はしたくない」
ムンザの要求を、レダは一蹴した。
レダが治療を拒んだのは初めてだった。
それだけに周囲の動揺は大きい。
事の成り行きを見守っていた人たちが、全員信じられないとばかりに驚いている。
「な、なにを」
「女の子を傷つけて、一年間も絶望させていた人間を、俺は助けるつもりはない」
「ば、馬鹿なっ、貴様、治癒士だろう!」
「あんたを治さなければ治癒士を名乗れないなら、俺は治癒士じゃなくていい。俺は甘いってよく言われるし、びびりでヘタレなところもある。自分に自信だってない、しょうもないおっさんだけどさ――悪人を治してやるほど善人でもない。せいぜい苦しんでくれ」
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