19「呪いの犯人」①



 担ぎ込まれてきた商人ムンザの火傷は、かつてのヴァレリーと同じだった。


 いや、彼女の火傷をそのままこの男へ移したのではないかと疑いたくなるほどだった。




「ええいっ、早くしないか! この町の治癒士には直せなかった! なぜか回復魔法が効かぬ! 早く貴様も試してみろ!」




 秘書と思われる背の高い神経質そうな男が唾を飛ばして怒鳴る。


 が、レダは言われたままに治療しようとはしなかった。




「どうしてこんなことになったんですか?」


「知らぬ! 昨日、ムンザ様が突然苦しみ出したと思えば、半身だけが燃えてしまったのだ! 早くどうにかしないか! この役立たずめ!」




 罵声に近い、男の怒声を無視してレダはムンザを伺う。


 レダの目にははっきりと彼の体を覆う呪いが確認できたのだ。


 ヴァレリーと状況が似すぎている。




 これではまるで――。




「……早く、治せ……金なら、いくらでも、ある……早く、してくれ」




 息も絶え絶えに治療を要求するムンザの声を無視して、レダはいつの間にか背後に立っていたティーダとヴァレリーに視線を向けた。


 両者とも驚愕に包まれている。


 無理もない。とくにヴァレリーに至っては、自分と状況が似すぎていることもあって、苦しげに口を手で押さえていた。




「俺の記憶が確かなら、呪いをかけられていた人間を救うと術者に呪いが跳ね返ると聞いたことがあります」


「まさか……レダ、お前……この男が?」


「可能性としては大いにあり得るかと思います」




 レダの言葉に、ティーダの表情が険しくなった。


 無理もない。


 まるでムンザこそヴァレリーを呪った犯人だと言っているようなものなのだから。




「貴様たちっ、なにを言っている! 早くムンザ様を治さんかと言っているのだ! 何かあったらどう責任を取るつもりだ! 万が一のことが起きたら、秘書の私が貴様たちを破滅させてやるぞ!」


「……レダ。この手の類の相手は慣れている。私が話そう」


「誰だ貴様は! 若造は引っ込んでいろ! 私は今、その治癒士と話しているのだ。邪魔をすると言うのなら――」


「邪魔をするなら、なんだとういうのだ。宿屋に押しかけ迷惑をかけ、礼儀のなっていない人間と会話するのも苦痛だが、その男には聞きたいことがある」


「ふざけるな! 貴様のような若造などとムンザ様はお話にならない! どのような権利があって、貴様がムンザ様に御目通りできると思っているのだ!」


「……立場をひけらかすのは好きじゃないんだが、この町で商売をする商人なら、領主の顔くらい覚えていたほうがいい」


「――ま、ままま、まさか、領主、様ですか!?」


「そうだ。私はティーダ・アムルス・ローデンヴァルトだ」




 まさかここに領主がいるとは夢にも思っていなかったのだろう。


 度を越した横柄な態度をとっていた男の顔がみるみる青くなる。




「……ど、どうして、このようにみすぼらしい宿に領主様が……いえ、し、失礼致しました! 領主様とはつゆ知らず!」


「うわべだけの言葉など聞きたくもない。だが、ちょうどいい。私はムンザに話がある」


「お待ちください! ムンザ様はお話ができる状況ではありません!」


「先ほど、レダに喋っていたではないか。なに、一言、答えるだけでいい。どけ」




 冷たく言い放ったティーダに、男はそれ以上の反論ができず、一歩引いた。




「久しいなムンザ」


「……ティーダ様、お願いです、どうか、治療を」




 苦しげに治療を求めるムンザに、ティーダは問いかける。




「わかっている。質問に答えたらすぐに治療してもらえるよう、私からも頼んでやろう。たったひとつだけでいい、簡潔に答えるんだ、いいな?」


「は、はい」






「――私の妹ヴァレリーを呪っていたのはお前か?」






 その問いかけに、ムンザの答えは、




「…………」




 沈黙だった。








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