17「急な患者」②
苦笑を浮かべるティーダに対し、申し訳なさそうな顔をしたヴァレリーがそれぞれ挨拶をする。
「やあレダ。すまないが、治療をしてくれないかな?」
「お兄様がすみません!」
頭を下げるヴァレリーに、何事だと思いティーダの掲げている手を見ると、拳がぱっくり割れて流血していた。
「こんなになるまでなにをしたんですか!?」
レダは慌てて彼に駆け寄り、拳に回復魔法をかけた。
「ちょっと尋問をな。なかなか口を割らなかったので少々力が入ってしまったよ」
「少々どころじゃないでしょう、これは」
尋問とは穏やかではないが、レダは「なぜ」とも「誰に」とも聞かなかった。
理由を察することができたため、無茶をしたのも納得できた。
「俺たちを襲撃した奴らですね……なにか吐きましたか?」
「残念ながら、拳を痛めた代償は大したことない情報だったよ」
治療を終えると、短く感謝の言葉を述べたティーダは、肩をすくめてみせた。
「襲撃者は元冒険者の野盗崩れだった。金に目が眩んで雇い主の顔さえまともに覚えていないゴロツキさ」
「ヴァレリー様に呪いをかけた元凶が見つかって、めでたしめでたし、というわけには簡単にいかないようですね」
「そのようだ。まったく忌々しいが、相手も馬鹿ではないらしい。私たちに探られることを承知で、身元が簡単に割れるような真似はしていないようだ」
「嫌になりますね……って、すみません。領主様たちを立ちっぱなしにするなんて。食堂のほうにきてください。お茶を出してもらいますから」
「レダ様……あの、こちらから突然きたのですからお気遣いなさらないでくださいませ」
「いえ、そういうわけにはいきませんよ。さ、どうぞ」
治療が終わったからといってさっさと帰ってもらうことなどできるはずもなく、レダはふたりを食堂に通す。
リッグスと視線が合うと、わかっているとばかりに親指を立ててくれた。
感謝して、目でお礼を言うと、レダはティーダとヴァレリーと向かい合う形でテーブルについた。
「突然すまなかったな。私は唾をつけておけば治ると言ったんだが」
「……お兄様。拳が裂けているのに唾で治るはずがないでしょう」
「回復魔法かけないなら、医者のところで縫うしかないほどでしたよ」
「私はどうも痛みに鈍くてな。それにしても、実際に受けてみてレダの回復魔法に驚かされた。素晴らしいとしかいえない……傷跡がまるで残っていないじゃないか」
ティーダが自身の手を眺めて感心する。
ヴァレリーも同様のようで、何度も頷いていた。
「自分ではよくわからないんですけど、治癒士に治療してもらえば同じなんじゃないですか?」
「ふむ、そうだな。怪我は治るだろう。だが、跡形もなく傷が消えるかと言われると、治癒士の腕次第だ。過去に私も別の治療士に傷を治してもらったことはあるが、傷は塞がっても痕は残っているぞ?」
そう言ってティーダは二の腕を捲って見せてくれた。
彼の腕には、剣の類でできた傷跡が残っている。
「まだ子供の頃の怪我だが、この通りだ。私の記憶が確かなら、それなりの技量を持っていたはずだ。それでもこれだけの傷跡が残るのだから、レダの回復魔法は桁違いだな」
「実際、わたくしの火傷はまったく残らず癒してくれましたわ! レダ様はすばらしい治癒士ですわ!」
「ありがとうございます。おふたりにそう言ってもらえると嬉しいです」
照れを隠すように笑って礼を述べたレダだった。
「ところで、治療費はいくら払えばいい?」
「あー、どうしましょう。実を言うと料金設定はまだしていないんですよ。今のところ、ギルド経由で依頼があって、その都度ギルド側から治療代をもらっているので」
いずれ治療費に関して決めなければならないというのはわかっている。
だが、他の治癒士の治療代が高すぎるため、相場がまったく参考にならないのだ。
ギルド側と話した結果、診療所を開設するまでには治療費の設定をするということになっている。
「あまり感心しないな。他の治癒士のようにがめつく金を取れとは言わないが、ある程度の治療費を設定しておかないと他ならぬ君が舐められる」
「……かもしれません」
「レダ様がお優しいのは重々承知していますが、冒険者の方々や町の方がレダ様がいるから怪我しても構わないとなっても困りますわ。せめてお医者様とおなじくらいの治療費をとってはいかがでしょうか?」
「それはいいですね。実を言うと、ギルドと遠くないうちに診療所を開く話が出ているんですが、そこに俺だけじゃなくて、医者と薬師も一緒に在中しているといいなって思っているんです。だから値段も一緒にすれば、町の人たちも通いやすいかなって」
まだ正式に決まったわけではないが、レダは現状では怪我しか治せない。
診療所と銘打つならば、病気の人や薬を求める人も来るかもしれない。
ならば医者と薬師もいてほしいと思ったのだ。
「なるほど。怪我はレダは治し、病気を医者が、薬が必要な者には薬師が対応するか」
「素晴らしいですわ、レダ様! 町の人たちのことをちゃんと考えていらっしゃるのですね!」
「俺もこの町の住人ですし、色々助けてもらっていますから、俺にできることがあればできるかぎりしたいと思っているんです」
アムルスの人たちはみんないい人だ。
宿屋のリッグスとメイリンから始まり、多くの人にお世話になってきた。
娘ふたりと生活しているのだ。助け合う関係になりたかった。
「よし。領主として診療所の件を早く進めるようギルドと協力しよう。昨日も言ったが、土地を提供することも構わない」
「いいんですか?」
「無論だ。君の診療所ができれば、この町のためになる。ならば惜しむ理由などない」
「感謝します」
「レダ様、わたくしにもお手伝いできることがあれば遠慮なく言ってくださいね」
「ヴァレリー様もありがとうございます」
ティーダはただレダへの感謝だけではなく、この町のことも考えた上で力を貸してくれる。
実にいい領主だ。
ヴァレリーも、言葉通りなにかあれば本当に助けてくれるだろう。
(こんな優しい人たちが領主なんだから、きっとこの町はどんどんいい町になるんだろうな)
そんな確信がある。
できることなら、自分もこの町に貢献していきたいとレダは思うのだった。
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