16「急な患者」①




 領主の屋敷から帰ってきた日から、翌日までずっとレダは娘のご機嫌とりに奔走していた。


 ちなみに大きい方の娘だ。


 ミナは「またりょうしゅさまのおやしきいきたいねー」と楽しんでくれたようだったが、ルナはレダがヴァレリーから好意を寄せられているのが気に入らないらしい。




 そのためずっと不機嫌で「……既成事実……無理やり……責任」などぶつぶつ言っているのが非常に怖い。


 なにかと行動力のある子なのでいざ本気になられてしまうとどう対処していいのかわからない。


 なので、まず機嫌を直してもらうところから始めることにした。




 町中に繰り出して、甘いものを買い与える。


「太っちゃうじゃない!」と文句を言いながらも、やはり女の子だ。甘味という誘惑には勝てず妹と一緒に満足するまで食べ歩いた。


 その甲斐あって、今日は昨日よりも機嫌がいい。


 おかげで、のんびり魔導書を開いて勉強することができる。


 きっと今頃、姉妹で宿屋の厨房を手伝っているのだろう。




 ひとりでいると不意に、昨日のことを思い出してしまう。




(ヴァレリー様のあの台詞は……いったいどこまで本気だったのかな?)




 鈍いおっさんでもヴァレリーが少なからず好意を抱いてくれているくらいは。


 だが、恋愛経験どころか、女性とまともに付き合ったことのないレダには、彼女の感情がどの程度のものなのか推し量ることができなかった。




 感情といえば、ルナだってそうだ。


 ミナとは親子としてうまくいっている。


 控えめだったミナは、今ではすっかり素直でしっかりものに成長していた。舌ったらずなところが子供らしさを残しているが、それ以外は姉よりもちゃんとしていると思うことがある。




 その姉であるルナは、しっかりしているようでだらしない。


 脱いだ服はそのままだし、時間を持て余すとだらけていることも多い。そんなルナは隠すことなくレダに好意を抱いているのがわかる。




 妻を自称する彼女に振り回されることも度々あるが、ひとつのコミュニケーションとして受け入れている。


 もちろん、成人前の女の子に手をだす年下趣味と誤解されるのはいただけないので全力で否定させてもらう。




 とにかくルナの好意も伝わっている。


 だが、結局、彼女がどこまでの感情を抱いているのかレダにはわからなかった。




 ――おっさんになるまで恋愛経験がないからまいっちゃうよな。真剣に受け取るべきか、冗談として受け取るべきか……選択肢を間違えたら――死ぬなぁ。




 泣かせることだけはしないにしようと思う。


 それには適切な距離感を保ち、家族としていい関係を構築することが一番だと思う。




(もしかしたら不安に思っているのかもしれない)




 ルナはミナと一緒にとある裏組織に従わされていた。


 彼女たちを家族として受け入れたので組織に戻っていないが、このままルナたちを放っておいてくれると楽観視するほど馬鹿ではない。


 レダは、知り合いの信頼できる商人に組織について調べてもらっている。今は、返事待ちだ。


 いずれ、その組織と戦う日も来るだろう。


 その日のために、回復魔法を覚えるだけ覚えておきたかった。




「レダ! いるか!? お客さんだ!」


「リッグスさん?」




 物思いに耽っていると、扉がノックされて思考が現実に引き戻される。


 扉を開けると、どことなく慌てたドワーフの店主がいた。




「そんなに慌てて……患者ですか?」


「そんなところだが、相手が相手だけにびっくりしちまったぞ。驚くなよ、領主様が直々においでなすった」


「はい?」




 間の抜けた返事をしたのも一瞬、レダはすぐに部屋を飛び出した。


 昨日の今日でティーダが自分のもとを現れるとは、なにかがあったに違いない。


 脳裏に嫌な想像がよぎる。


 まさか、ヴァレリーになにかあったのかと思うと、心臓が早鐘のように鳴る。




「ティーダ様! ……と、ヴァレリー様!?」




 宿の受付の前にある椅子に腰を下ろしていたのは、この町の領主ティーダ・ローデンヴァルトと、その妹ヴァレリー・ローデンヴァルトだった。








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