15「婿入り?」②
「そんなに喜んでくれるならよかった。実を言うと、自分でも暴走していた自覚があっただけに、当人同士の気持ちを無視していたことを反省していたのだ」
「待って、待ってください! 喜んでないといいますか、驚いているんです! なんですか、それは!」
「こんなことを言うのは情けないが、辺境の町にわざわざ患者を診に来ようと思う物好きの治癒士はいないんだ。そこで、餌を与えてでもヴァレリーを助けたかったんだ」
「……お気持ちはわからないでもないですが、無理矢理すぎます」
レダはそもそもヴァレリーのことさえまともに知らなかった。
無理もない。
王都にいたものの、治癒士として活動していたわけではないので話が伝わっていなかったのだ。
この町に来てからも、ティーダが町の中ではなく外に向けてヴァレリーへの助けを求めていたこともあり、やはり耳に届いていなかった。
結果として、アムルスの町に住み始めたレダの手によってヴァレリーは回復したが、だからといって彼女の夫になるという話はいささか唐突すぎた。
無論、前もって言っていればいいといわけでもない。
「結局、どうなんだ?」
「いえ、あのですね、あえてひとつだけ言わせていただけるなら」
「許そう。なんでも言ってくれ」
「俺が望むことはたったひとつだけです」
そう前置きしてレダはヴァレリーに視線を向けた。
「ヴァレリー様に幸せになってほしい、それだけです」
「……まぁ」
「辛い思いをしたんですから、これからいい人と出会って、素敵な恋をして、幸せになってください。ヴァレリー様は誰よりも幸せになる権利があります。俺はそう信じています」
「……レダ様……お優しいお言葉ありがとうございます」
「レダ、兄として、心から君の気遣いに感謝する」
ヴァレリーは涙を浮かべ、ティーダは力強く頷いた。
レダの真摯な訴えが通じたのか、その後、領主が妹との結婚の話をすることなかった。
※
そして別れの時間が訪れた。
と、言っても小さな町に住んでいるので今後も会うだろう。
辺境伯家に用意してもらった馬車が屋敷の前につき、レダたち親子は帰路につこうとしている。
ルナとミナは親しくなった領主の娘たちと名残惜しそうにお別れをしていた。
いつでも会えるが、やはり別れは寂しいのだろう。
子供達はお互いに涙をうっすら浮かべていた。
「レダ。本当に感謝している。今後、困ったことがあればいつでも友人として助けになることを約束しよう」
「感謝します、ティーダ様」
レダはティーダから差し出された手を握り、硬く握手を交わす。
「報酬は後日用意する。聞けば、ギルドで君のために診療所を作ると聞いているので、その土地や建物を私が用意してもいい」
「お、お心遣いは嬉しいのですが、そのあたりはギルドの方々とお話ししていただければ」
「ふむ……そうだな。わかった。そうしよう。楽しみにしているといい、この町に貢献してくれる君に報いることができるよう、最高のものを用意してみせよう」
「あはははは……楽しみにしています」
診療所はギルド主体で進めているのでレダがここで返事をしていいものではなかった。
レダとしては、診療所がなくても、治療を求めている人がいればどこにだっていくつもりだ。
ギルドが考えている、診療所があれば、怪我人のほうから来ることができるので町の中や外を忙しく走り回らずといい利点もある。
それだけに、立地場所も建物も最善のものをとギルドが力を入れていた。
そこへ領主が加わることがいいのか悪いのかレダには判断できないが、今後治療を求める人たちのためになってくれることを願う。
「あの、レダ様」
兄との会話が終わったことを見計らって、ヴァレリーが一歩前に出て、レダの手を両手で握りしめた。
「……うわぁ」
「――む」
彼女の手は小さく、指は細くしなやかだ。
急な展開にレダは目を丸くし、ミナはなにか期待するように目を輝かせ、ルナが表情を険しくした。
「レダ様はわたくしの幸せを願ってくださいましたが……あなたとでしたら、わたくしは幸せになれると思いますわ」
「ヴァレリー様? どうして、そんな」
「ふふ、女の勘ですわ。本当なら、ここで感謝のキスくらいしたいのですが……かわいい娘さんのおひとりが怖い顔をしていますので、今は我慢致します。ですが、体調が回復しましたらレダ様のお手伝いにいってもいいですか?」
「それはもう。喜んで」
「お約束ですわよ」
ヴァレリーはレダの答えに嬉しそうにはにかむ。
「いつまで手を握っているんですかー?」
「あらあら、わたくしったら。名残惜しいですが……またの機会に」
そっとヴァレリーの手が離れていき、彼女の体温を感じなくなる。
少し、レダも名残惜しいと思ってしまった。
そんなレダの心情を察したのか、不機嫌ですと言わんばかりにルナが声を荒らげる。
「ちょっとパパ! どういうことなの!? いくら領主の妹で、あたしから見ても美人だからってデレデレしちゃって! パパを幸せにするのはこの人じゃなくて、あたしなんだからね!」
ヴァレリーは笑顔を浮かべたまま、レダからルナへ視線を移すと、
「ルナさん」
「な、なによ」
「わたくし、ルナさんとミナさんのお母さんになりたいと思っていますわ」
爆弾発言をした。
次の瞬間、ぶつん、となにかが切れた音が聞こえた。
「その喧嘩買ったぁ!」
「ちょっ、さすがにそれはまずいから!」
頰をひくつかせて懐からナイフを取り出そうとしたルナを羽交い締めにすると、そのまま馬車の中へと放り投げた。
「ちょっとパパぁ! レディの扱いがなってないんじゃないの! こらっ、扉閉めるな! 開けろ! その女にあたしのほうが上だってわからせてやる!」
「あははははは、元気盛りなのでいろいろ見逃してくれると助かります。それでは、俺たちはこのあたりで! なにかあればいつでもおっしゃってください。すぐに飛んできますから。では失礼します!」
「りょうしゅさま、さようなら!」
「あ、ああ、気をつけてな」
「うふふ、ミナちゃんもぜひまた遊びにきてくださいね」
手を振るミナと一緒に馬車に乗り込むと、どったんばったんと物音がしてから、馬車が発進していく。
「ヴァレリー……最後のはなんだ?」
「うふふふ、ライバルの確認をしたかっただけですわ。宣戦布告も」
「……レダには悪いが、お前が楽しそうならなによりだ」
ティーダはすっかり元気になった妹の行動に苦労しそうなレダを思い大きくため息をついた。
――なにかあれば相談くらい乗ってやろう。
きっとそのくらいしか自分にはできないだろう。
なんだかんだと妹に甘い自覚のあるティーダは、妹と一緒に馬車が見えなくなるまで見送るのだった。
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