12「ヴァレリーの気持ち」①
「ヴァレリー・ローデンヴァルトです。レダ様、わたくしを長年の苦しみから解放してくださったこと、心からお礼申し上げますわ」
夕食の席で、身だしなみを整え、薄く化粧を施し、清楚な白いワンピースに袖を通したヴァレリーが、レダに深々と頭を下げた。
先ほど目にしたときは美人だという印象だったが、今のように感情があり、表情が動いている姿を見ると、可愛らしさのほうが強く感じられた。
「お礼なんて! とにかく頭を上げてください! そんなことしなくていいんですから!」
すっかり元の美しさを取り戻したヴァレリーからのまっすぐな感謝にレダはタジタジだ。
心なしか顔が赤い。
「……パパ、鼻の下伸びてるんですけど」
「おとうさん……ちょっと照れてる?」
「そんなことないから! 君たち変なこと言わないように!」
娘たちからの指摘にレダは慌てて違うと、首と手を振って否定する。
そんな親子の様子に、顔をあげたヴァレリーが微笑んだ。
「ふふっ、――あ、いいえ、今のはレダ様を笑ったのではなく、仲のいい親子だなと微笑ましくてつい」
「親子じゃないんで。あたし、妻ですけど。パパとは夫婦ですけどー!」
「あらあら、お父様が大好きなのですね。かわいらしいわ」
「うわ……この人やばい。まるで取り合ってくれないんですけど」
会う人に必ず「妻」を自称するルナに頭を痛めていると、妹たちのやりとりを見て苦笑していたティーダが咳払いした。
「改めて、礼を言わせてほしい、レダ。ありがとう。ご息女たちもだ。こうしてまたヴァレリーの元気な姿を見ることができて本当に嬉しく思う」
「……お兄様」
「簡単なもてなししかできなくてすまないが、今日はゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます」
レダが礼を言い、ルナとミナも続く。
食事が運ばれてくると、ワインで乾杯することとなった。
病み上がりのヴァレリーと子供のミナはもちろん葡萄ジュースだ。
ちゃっかりワインを飲もうとしていたルナからグラスを取り上げることも忘れない。
不満だとばかりに頬を膨らませる娘に、みんなが微笑ましいと小さく笑った。
そんな穏やかで楽しい時間はあっという間に過ぎるのだった。
※
その日の夜。
ティーダは妻と妹と一緒に談話室にいた。レダたちはすでに部屋に戻って休んでいる。
「こうしてまた笑顔のお前と顔を合わせることができてよかった」
頬を緩めるティーダは本当に嬉しそうだ。
食事のときから飲み続けているワインもいつもより美味く感じ、ついつい杯が進んでしまう。
「本当ですわね。ずっと、この日がくることを待っていましたのよ」
「……ご迷惑をおかけしました」
ヴァレリーにとって親友であり義姉でもあるガブリエラも、改めて瞳を潤ませる。
長い間、心配をかけてしまったことに素直に謝罪した。
「お前が謝る必要などない。あんなに酷い火傷を負ってしまったんだ。女なら誰でもショックを受けるはずだ」
「……初めて鏡で火傷した肌をみたとき、わたくしは死んでしまいたいと思いました」
今でも、あのときの絶望を鮮明に覚えている。
包帯を取り、鏡に映った醜い身体をきっと生涯忘れることができないだろう。
現時点で完全に心の傷が癒えたわけではない。
目を瞑れば辛かった一年を思い出してしまう。
それでも、レダのおかげで火傷は消えた。もう恐ることはないと前向きになれた。
「心を閉ざし、無気力に外を眺めていたときでさえ、死にたかったですわ。でも、その勇気がありませんでした」
「馬鹿なことを言うな。死ぬことを勇気とは言わない」
「そうですわ。それに、生きていたからこそ、今、こうして治ったのですから」
「ええ。ですが、それだけ辛かったのです。だからこそ、レダ様には心から感謝しております。もっと気持ちをお伝えしたかったのですが、どう言葉にすればいいのかわからず……」
「私もレダには感謝している。それで、だ」
なにやら言いづらそうにティーダが口篭る。
「お兄様? どうかしましたか?」
若き領主は、妻と妹の顔色を伺うと、グラスに残っていたワインを飲み干した。
「実はヴァレリーに話しておきたいことがある」
「どうぞ。なんでもおっしゃってくださいませ」
「その、だな。私はどんなことをしてでもお前の火傷を治してやりたかった。本当にお前の身を案じていたんだ。ただ、少々やりすぎてしまった。いや、かなり暴走してしまった」
「……あなた……わたくし初耳なのですが?」
「す、すまん、言えなかったのだ!」
「お兄様、なにをしたのですか? わたくしのためにしてくださったことなのですから、感謝しても文句など言いませんわ」
知らないところでなにをしていたのか、と睨む妻に対し、妹は優しく微笑んでくれる。
それが逆に辛かった。
ティーダは勇気を出して、自分の失敗を口にした。
「実はだな……ヴァレリーを治した者を夫として迎えようと言ってしまっていたのだ」
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