11「ルナの心配」




「どーして、あたしまでお風呂に入らないといけないのよ」




 ルナは、ローデンヴァルト家の大きなお風呂に、ふくれっ面をして沈んでいた。


 浴室にはルナをはじめ妹のミナ、領主の妻ガブリエラと妹のヴァレリー、そして領主の娘がふたりだ。


 ガブリエラに「みんなでお風呂に入りましょう」と誘われてしまい、断れずに連れてこられたのだ。




「ミナったら、はしゃいじゃって。ま、いいけど」




 まだ幼い姉妹に「お姉ちゃん」と慕われているミナは年上ぶれるのが嬉しいようで、甲斐甲斐しくふたりの面倒をみていた。


 そのおかげでガブリエラはヴァレリーを泡まみれにして楽しそうだ。


 唯一、ルナだけが浴槽の中で不機嫌に肘をついていた。




 ルナもヴァレリーの事情は聞いている。


 同じ女として、一年もの間、酷い火傷に苦しんだのはかわいそうだと思うし、役立たずの治療士が救えなかった彼女を見事救ってみせたレダはさすが旦那様だと誇らしい。




 ふ、とヴァレリーに目を向ける。




「ふーん、パパが倒れるまで頑張って治療したのが、あの人なんだ、ふーん。ふーん」




 とても綺麗な人だった。


 そばかすと愛嬌のあるかわいらしい美人だ。




(かわいくて美人って卑怯じゃない?)




 悔しいので口にはしないが、ルナは同性から見ても見惚れてしまうヴァレリーに嫉妬に似た感情を覚えてしまう。


 きっと食堂の看板娘などになれば、毎日彼女のファンが押し寄せてくるだろう。ギルドの受付嬢になれば、強面の冒険者たちが鼻の下をだらしなく伸ばして威厳を捨ててでもお近づきになろうと必死になるだろう。


 そのくらい美人だった。




「どうしたの、おねえちゃん?」




 じっとヴァレリーを見つめていると、遊び疲れた姉妹がメイドに連れられて浴室から出ていったこともありこちらに近づいてきた。




「ううん、別に。ただ……パパってたくさんの人を助けるなって思っただけ」


「さすがおとうさんだよねっ」


「そうね。自慢のパパよね」




 ルナとミナにとってレダは誇りだ。


 彼のような優しい人と家族になれたことに毎日感謝している。


 ときどき、この日常のすべてが夢だったらどうしようと思うことがある。


 そんな不安なときは彼に抱きつけばいい。無意識にこちらの心情を察し、力強く抱きしめてくれる。




 ――ルナはそんなレダが大好きだった。




「おとうさんが、ヴァレリーおねえちゃんをなおすところみてみたかったね」


「そうね。きっとかっこよかった……あれ?」


「おねえちゃん? どうしたの?」


「……ねえ、ミナってあたしと一緒にずっといたわよね?」


「うん」


「じゃあ、パパにあんたの恩恵って効果なかったんじゃない?」


「……わかんない。でも、ちかくにいないとだめっていわれたことあるよ」


「やっぱり、そうよね。じゃあ、パパは――」




 ルナの記憶が正しければ、かつてミナを利用しようと捕らえていた組織の人間は、妹の力は決して強いものではないと言っていた。


 対象から離れてしまうと効果はなくなるし、近くにいたとしても常時恩恵が発動しているわけではないという。


 ならば、今回のヴァレリーの治療に、ミナの恩恵は関係ない。


 すべてレダの力だけで彼女を癒したことになる。




「本人は気づいてなかったみたいだけど、パパは治療士としての才能があるってことよね。ううん、才能はあるに決まってるわ。なきゃ治療士にはなれないもの。それ以上にすごいってことよね。そして、ミナの恩恵はおまけ程度でしかないってこと?」




 とはいえ、明確な答えが返ってくるわけではない。


 才能があるかないかもその系統の魔法が使えれば才能があるとみなされる程度だ。


 あとは魔力量やどれだけ強力な魔法が使えるかどうかで、魔法使いの質がわかるとされている。




 レダは治療士の素質がある。それは間違いない。


 そして、彼はミナの恩恵抜きにして、一般的な治療士を超える回復魔法を使える。


 更に言えば、魔導書を冒険者ギルドから借りて数日で使えるようになってしまうんだから、才能にも恵まれているんだろう。




「おねえちゃん」


「うん?」


「おとうさんはすごいんだよ!」


「……あんた意味わからないで適当に言ってるでしょ。ま、いいわ。パパが治療士として優れていようとなかろうと、あたしはかわいい奥さんとして支えるだけだしぃ」


「ミナもおとうさんのためにがんばるもん!」


「そうね、あたしたちでパパを支えるわよ」


「うん!」




 自慢げに平らな胸を張る妹に、微笑ましく見つめていたルナだったが、視線をそっと気づかれないようにヴァレリーへと移す。




「……問題は……あの人がパパに惚れてなきゃいいんだけどね」




 自分がそうだったように、レダの優しさ、胸の中に秘めた熱い想いを知ってしまえば、ちょろっと惚れてしまいそうで怖い。


 ヴァレリーは治療中意識がなかったと聞いているが、もし意識があって、レダの懸命な姿を見ていたら大変だった、とルナは思う。




(それでも安心できないのよねぇ。領主の妹がパパのことを「レダ様」なんて言ってるし、ずっと苦しんでいた火傷をあっさり直しちゃったっていうのも好感度高いものね)




 警戒しながら笑顔のヴァレリーを見つめていたルナは、新たなライバルの出現の可能性におもしろくないとばかりに不機嫌な顔でお湯の中へと沈んでいくのだった。








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