10「治療を終えて」②



「……なんて荒療治な」




 娘の行動力にただただ呆れるしかない。


 ルナはやってしまった。


 後先考えていないという可能性もあったが、やってしまったのだ。




「パパが倒れるまで頑張ったんだから、あんたもいつまでも自分の殻に閉じこもってんじゃないわよ!」




 そう怒鳴ったらしい。


 無論、鏡に拒絶反応を起こしたヴァレリーは暴れたという。


 だが、ティーダたちも、妹に現実を見せなければならないと判断したようで、荒療治となることを覚悟で押さえつけ、鏡に映る姿を見せたのだ。




「結果、ヴァレリーは嫌でも現実と向き合うことになる。そして、自分に火傷ひとつないことを知った」




 そうしてヴァレリーは正気を取り戻した。


 自身の頬を、身体に火傷がないことを確かめると、ボロボロと涙を零して泣いたらしい。




「荒療治ではあった。正直、失敗していたらと思うと、今更ゾッとする。だが、妹は戻ってきた。だから、ルナ殿には感謝しかない」


「ヴァレリー様は今どうしていますか?」


「身だしなみを整えているよ。この一年、その、いろいろあったので今は風呂で身を清めている。食事も少なかったのでやせ細ってしまっているし、健康とは言えないが、少しずつ、時間をかけて元の姿に戻っていくだろう」


「きっとすぐに回復しますよ。それで、あの、娘たちはどうしていますか?」


「彼女たちなら、妻と妹と一緒に風呂にいる。どうやらあの子たちを気に入ったようだ。私の娘もふたりに懐いてね。女性陣で仲良くやっているよ」




 女性陣が風呂にいるため、領主自らレダの様子を見ていてくれたらしい。


 それでも当初、ミナとルナがレダについていると主張したらしいのだが、医者が心配ないと言っているからと言い聞かせたらしい。


 ティーダ自身がレダに一番に礼を言いたかったというのも理由のひとつらしい。




「妻たちが出てきたら、私たちも風呂に入るとしよう。実を言うと、屋敷の風呂は温泉を引いていてね。ちょっとした自慢なんだ」


「あはははは、楽しみです」




 領主と一緒に風呂に入るのだと恐れ多いのだが、もう今更なので気にしないことにした。


 この若き領主は気安く、いい方だ。


 ならば、レダばかりが気を使い過ぎても失礼になる恐れがあるため、お言葉に甘えることにした。




「あの、質問してもいいでしょうか?」


「なんでも聞いてくれ」


「先ほどはあえて尋ねませんでしたが、ヴァレリー様を呪うような人間に心当たりはありますか?」


「実を言うと、心当たりがあり過ぎて困っている」




 レダの質問に、ティーダは顔を苦々しくして答えた。




「領主というのは敵が多いんだ。なにかと優遇しろと無茶をいう一部の商人、金に汚い治療士がその筆頭だ」


「治療士もですか?」


「治療を依頼することももちろんある。だが、彼らの法外な治療費請求は目に余っている。私は何度となくもっと治療費を下げて欲しいと頼んでいるんだが、聞き入れてもらえない状態だ」


「領主様が直接頼んでも無理なんですね」


「彼ら曰く、適正料金らしい。回復ギルドに所属する治療士が全員同じくらいの値段なので、下げる理由がないと言われてしまったよ」


「……回復ギルドか」


「レダは所属していないのか?」


「いいえ、俺はしていません。といいますか、するつもりもないんです」




 レダは今まで冒険者として活動していたので、回復ギルドと縁はない。


 治療士の傲慢さを見ていると、今後も関わりたくないというのが本音だった。


 回復ギルドに所属しなくても治療士を名乗ることができる以上、レダとしては用がないとしか思えない。




「そのほうがいいだろうな。レダが請求する治療費は本当に安くて住民たちが感謝していると聞いている。だが、回復ギルドからすると、気に入らないだろう」


「でしょうね。きっといつか揉めることがくると思っています」


「そのときは力になろう。妹の、いや、私たちの恩人だ。いつでも頼ってくれ」


「ありがとうございます」




 間違いなく回復ギルドから接触がくるだろう。


 高額請求が一般的の治療士がほとんどの中で、レダだけは違う。


 それを快く思われない可能性は大いにある。




(ただ、がめつい治療士たちが所属するギルドなんかと関わり合いになりたくないなぁ)




 そんないつかが来ないで欲しい願うレダだった。




「話がズレてしまったが、我が一族には敵が多い。レダを巻き込みたくないが、ヴァレリーを治療してもらった以上、周囲には気をつけてくれ」


「もちろんです」




 かわいい娘たちがいるのだ。


 ローデンヴァルト辺境伯家が悪くないとはいえ、巻き込まれてなにか起きてしまうことは避けたい。


 ティーダに言われるまでもなく、しばらくは身の回りに気をつけようとレダは決意した。








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