9「治療を終えて」①
「……ここは、どこだろう?」
うっすらと目を開けたレダは、少し痛む頭に手を当てながら、周囲を見渡した。
ベッドの中にいることから、寝ていたようだとわかる。
(――そうだった。ヴァレリーさまの治療中に意識が遠のいたんだっけ。気絶したんだな)
部屋の中は暗い。すぐ近くの窓の外を覗くと、すっかり夜の帳がおりていた。
数時間ほど眠っていたようだった。
体には倦怠感が残っている。
お世辞にも快調とは言えなかった。
「目が覚めたか、ディクソン殿」
レダが気だるさを覚えていると、ティーダが部屋の中へと入ってくる。
彼はベッドの脇にあるテーブルの上の明かりに火を灯すと、近くの椅子に腰を下ろした。
「……ローデンヴァルト辺境伯様」
「ティーダでいい。世話になった君にかしこまられるのは申し訳ない」
「では俺のこともレダと呼んでください」
「ならばレダと呼ばせてもらう。……まず、心からの感謝をしたい。君のおかげで妹の火傷は驚くほど綺麗に消えた」
彼の言葉にレダは心底安堵した。
(よかった。治療は成功したんだ)
「よかったです。ところで、俺は?」
「急に倒れたから心配したぞ。医者に見せたが、急激な魔力消費による、魔力切れらしい。特に危険はないそうだし、寝ていれば回復すると聞いたので、客室で休んでもらっていた」
「ご迷惑をおかけしました」
「なにを言う。君には感謝しかしていない。この程度のこと、迷惑など思っていない」
そう言ってティーダは微笑んだ。
彼が本心からそう言ってくれたのがわかり、ほっとする。
「もう少しで夕食だ。栄養のあるものを用意させているので、しっかり食べて療養してほしい。そうだ、ご息女たちを含め今日は泊まっていくといい」
「そこまでご迷惑をかけるつもりは」
「だから迷惑ではないといっている。それに、このまま君を帰してしまったら、私が妻と妹に叱られてしまうよ」
肩をすくめて苦笑するティーダにつられて、レダも笑う。
彼の態度は初対面のときとくらべて気安い。
なによりも、肩の力が抜けているように思えた。
きっと、妹の治療がうまくいったおかげだろう。
「ヴァレリー様は、御心を取り戻したんですね」
「ああ、そうだ。ただ、最初は火傷は消えても、心はそのままだった」
「え?」
「私も失念していたんだ。火傷さえ治ればヴァレリーが元戻る、と。しかし、心を閉ざした人間がそう簡単に再び心を開くわけではない」
「……そう、ですね」
言われてみれば確かにそうだ。
心を閉ざし、人形のように窓の外を眺めていたヴァレリーが、そもそも火傷が治ったことに気づいたかどうかさえ疑問だ。
「では、どうやってヴァレリー様の御心を取り戻したんですか?」
「実を言うと私はなにもしていない。いや、できなかった。正直、なすすべもなくてね。そんなときだった。君のご息女が現れたんだ」
「ミナとルナですか?」
「どうやらいつまでたっても戻ってこない君を心配したようだ。マイセルが根負けしたようで、連れてきてしまった」
「そ、それはすみません」
「いやいいんだ。結果的にそのおかげで妹の心を取り戻せた」
「……あのふたりはなにをしたんでしょうか?」
「ふたりというよりも、ルナ殿のほうだ」
やっぱり、とレダは納得できた。
ミナとルナでは行動力に差がありすぎる。
どちらもいい子であるのはかわらない。しかし、ルナは感情的になりやすく、感情のまま動くのだ。
ティーダ曰く、ルナは倒れているレダを見てナイフを抜いたらしい。
下手したら大問題となっていただろう、いや、ナイフを抜いた時点で大問題だ。
しかし、ミナが止めてくれたという。ミナは冷静だった。まず、レダはなぜ倒れているのか、小さな声ではあるがティーダたちに尋ねたという。
事情を説明されたふたりは、レダが無茶をしたことを知ると、若干の呆れと心配、そして「らしい」と微笑んだとそうだ。
その後、治療されずに心を閉ざしたままのヴァレリーのことを知った姉妹は行動にでる。
とくに姉の方だ。
ルナは、「治ったって気づかないなら無理やりでも気づかせればいいじゃない」という極論を言い放ち、鏡を探し出した。
だが、ヴァレリーの部屋には鏡はない。
火傷した姿を目にすると、彼女が暴れるから安全性のためにも撤去していたのだ。
そのことを知ると、ルナは別の部屋から姿見を担いで来た。
そして、ヴァレリーに突きつけたのだった。
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