8「治療と解呪」②
まず、解呪を始める前にヴァレリーの様子を見た。
レダの瞳にははっきりと彼女を渦巻く黒いモヤが見えていた。
(……このモヤが呪いか)
実を言うと、この部屋に入ったときから見えていたのだ。
解呪を取得すると、本来なら目に見えはないはずの呪いの類が視認できるようになると魔導書に書いてあったことを思い出す。
つまり、これおが見えなければ解呪が使えないということだ。
(俺には呪いが見える。だから解呪も使える!)
自信を持て、と自分に言い聞かせて、手をヴァレリーへ伸ばす。
彼女は肌を露出させ、火傷を見られているにも関わらず、関心のないように窓の外を眺めたままだ。
そんな彼女に触れるか触れないかのところで手を止めると、魔力を込めて小さく唱えた。
「――「解呪」」
淡い光が放たれ、ヴァレリーを包むモヤをかき消していく。
「――っ、これっ、やばい!」
思わず声が出てしまった。
魔力がごっそり持っていかれる感覚がした。
立っているだけでも辛い。
だが、ここで解呪を止めるわけにはいかなかった。
歯を食いしばって解呪を続ける。
ヴァレリーの顔から、つま先までなぞるように解呪の光を当ててモヤを払っていく。
(これで、よし)
数分後、すべてのモヤを消し去ることに成功した。
心なしか、ヴァレリーの顔色が良くなっている気がした。
解呪を終えたからと気を抜いている暇はない。
(次は火傷の治療だ)
すべきことは変わらない。
「――「回復」」
まず、ヴァレリーの顔に回復魔法を当てた。
じわり、と頬の火傷が癒えていく、がその速度が遅い。
確実に治療できていることは変わりないが、どこか効いていない感覚があるのをいなめない。
(――っ、もしかして一年前の火傷だから治しきれないのか?)
時間が経った傷を治すという話はあまり聞いたことがない。
レダ自身、一年も時間が過ぎた怪我を治療したことがなかった。
(まさか、治らないなんてこと……いや、駄目だ、考えるな。治す。そう決めただろ!)
治療する人間が諦めてどうする、と己を叱咤してレダは治療を続けていく。
まだ若く、これから先、どんな人生だって待っているヴァレリーの人生を取り戻すのだ。
(治すんだ!)
魔力がどんどん減っていった。
しかし、爛れていた肌は回復を見せたが、未だ火傷のままだ。
重度の火傷が比較的マシになったくらいでしかない。
しかも、魔力消費が大きい。
(……このままだと俺の魔力が尽きて終わりだ。なら――)
「解呪」と同時に覚えたばかりの魔法を試すことにした。
大きく息を吸い、体内の魔力を一気に放出する。
後先考えずに、勝負に出ることにしたのだ。
「頼む、これで治ってくれ――「大回復」!」
それは「回復」を上回る回復魔法だった。
回復魔法は大きく分けで三つだ。
――「回復」「大回復」「完全回復」である。
その効果は文字通りだ。
レダの場合、魔力量が多いこと、その才能、そしてミナの恩恵から効果は本来のものの上をいく。
今までは「回復」だけで十分な効果があった。
それ以上を求めることは必要なかった。
だが、今は違う。
もっと、もっともっと、強い回復魔法を求めた。
「……こっ、これは……ヴァレリーの火傷が!」
ベッドに横たわる女性の顔から、火傷が消えていく。
焼けただれた痛々しい肌が、白い肌へと戻っていく。
美しくも可愛らしい、子供っぽさとそばかすを残すヴァレリーの顔が見る見る治っていった。
爛れていた鼻や唇が、整った綺麗なものへと癒えていく。
その変化を確認して、成功したことを確信すると、レダは「大回復」をそのまま、首に、肩へ、腕に、胸に、お腹を、腰を、お尻を、足を、すべて治療していった。
「……ディクソン殿……君という人は、なんという……」
「ああっ、ヴァレリーの体が……まるで以前のようにっ、よかったっ、よかったぁ!」
感極まった声が聞こえるが、最後まで集中を切らさないようにレダはヴァレリーだけに集中し続ける。
返事する余裕などまるでなかった。
(これで……よし……綺麗になった)
目に見えるすべての火傷を治療してみせたレダは、大きな達成感と、それ以上の疲労感に襲われていた。
(……しまった、魔力が尽き……た……)
飛びかけていた意識を治療中は意地だけで繋いでいたが、ここで無事に治療を成功させたことで緊張が切れてしまった。
次の瞬間、レダの視界は真っ暗になった。
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