13「ヴァレリーの気持ち」②
「まぁ」
「……あなたったら、なにをしているのですか?」
「すまん、としか言えないな。ただ、言い訳をさせてもらうと、それだけヴァレリーの治療を可能とする人間を見つけられなかったのだ」
ティーダは知り合いをはじめ、アムルスに出入りする商人を使い、腕のいい治療士を求めた。
しかし、見つからない。
金に困っていない治療士がわざわざ辺境領主の妹を気遣ってくれることもなく、時間ばかりが経っていく。
そこで、ティーダは金以外に治療士がなにを欲しがるだろうかと考え、ヴァレリーの夫という立場を用意した。
今考えると軽率ではあるが、当時はティーダ自身も追い詰められていたのだ。
兄贔屓でもかわいらしい妹の夫になりたいというよく深い人間はいた。
さらに辺境伯家の一員となることができるとなれば、さらに人は集まる。
それでもヴァレリーを癒せる者は誰ひとりとしていなかった。
ティーダが諦めかけていたそんなとき、レダ・ディクソンという最近アムルスに住み着いた変わり者の治療士を知ったのだ。
「よく考えれば、火傷が癒えてもお前の人生を駄目にしてしまう可能性もあったな。すまない」
「いいえ、お兄様が謝る必要などありません。そこまでしていただけて、ありがとうございます」
「礼など言わないでくれ。私はなにひとつしてやれなかった」
「レダ様をお連れくださいましたではありませんか」
少々暴走したことには変わりないが、結果的にヴァレリーの火傷は綺麗に治った。
たとえ治療士が回復魔法をかけても魔法で焼かられたのだから痕が残ってしまう可能性もあると言われていた。
レダがティーダたちの想像を超える治療士だったおかげで、ヴァレリーは立ち直れたのだ。
「ところで旦那様。レダ殿は、ヴァレリーを治したら夫になれることを存じているのでしょうか?」
「……知らないだろうな。そのような素振りは一切なかった。彼は、もともと冒険者で治療士として活動していたわけではないらしく、ヴァレリーのことを知らなかったようだった」
「では、このまま知らぬことを幸いとしておきますか?」
「それは……どうすればいいのだろうか」
レダを気に入らないわけではないが、せっかく心を取り戻した妹を結婚させてしまうのも後味が悪い。
だからといって、他の治療士に妹の夫という立場を餌にしながら、見事治療してみせたレダになにも言わないのも不誠実だ。
悩むティーダ。そこへ、ヴァレリーが言った。
「わたくしは構いませんわ」
「ヴァレリー?」
「むしろ、レダ様がわたくしと夫となってくださるのであれば、それは……嬉しいと思います」
控えめに、だがはっきりと告げたヴァレリーに、家族の視線が集まった。
「レダ様がいなければ、わたくしは死んだも同然でした。ならば、救われたわたくしがあの方に尽くすのは至極当然のことですわ」
「無理することはないだぞ? レダだって無理強いしてお前を娶ろうなど思わないはずだ」
「……お恥ずかしいですが――実をいうと一目惚れでした」
「はぁ!?」
「夢うつつの中で、真剣な表情でわたくしを救おうとしてくれたレダ様のことをみておりましたの。夢かと思っていましたが、間違いなくわたくしのために一生懸命に治療をしてくださっていたのですね……それこそ、倒れてしまうほど」
頬を赤く染めて恥じらいながらもヴァレリーは己の心情を語った。
彼女の表情はまさに恋する乙女である。
「本当にいいのか? 彼ほどの治療士と縁ができるのは我が家も好ましい……それにレダはいい奴だ。兄としてお前の婿にできるなら嬉しく思う」
「まあ、旦那様はレダ様をずいぶんとお気に入りのようですね」
「ふっ……久しぶりにまっすぐで気持ちのいい男を見た」
「あらあら、ぼっちのお兄様にお友達がようやくできるかもしれませんのね。でしたらわたくしも頑張ってレダ様を射止めませんと」
「ぼっちではない!」
ヴァレリーは兄が少々気難しいことを知っている。
善人であり、優しい人ではあるが、同じ貴族たちから「変わり者」として距離を置かれていることも知っていた。
この一年で友人はできていないようだ。
レダのように懐の大きな人ならば、兄ともうまくやってくれるだろうと思う。
「ヴァレリー? 射止めるとおっしゃいましたが、あなたはまさかレダ様が断ると思っているのですか?」
義姉の問いかけにヴァレリーは頷いた。
「きっとレダ様は、そんなつもりでやったのではないとお断りするでしょう。それに、かわいらしい娘さんたちもいらっしゃいますし……きっとわたくしのことまで構ってはくれませんか」
「……そう、かもしれませんね」
「でも、わたくしは諦めません。レダ様のお心を射止め、彼と彼の家族に生涯尽くしてみせますわ!」
「よし。お前がそうしたいなら私は止めん。後悔しないように頑張るといい」
「わかくしも応援しますわ」
「はい! ありがとうございます!」
ティーダたちは望みが薄いと知りながらもレダに好意を抱くヴァレリーを止めようと思わなかった。
一年ぶりに目覚めた彼女がやる気になっているのだから水を差すのも躊躇われたのだ。
こうしてレダの知らないところで、ヴァレリー・ローデンヴァルトは恩人であるレダへ恋のアタックをすることを決意したのだった。
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