6「ヴァレリー・ローデンヴァルト」②




 ヴァレリー・ローデンヴァルトは、少し癖のある稲穂色の髪を伸ばした、そばかすを残す美女だった。


 いつも笑顔を絶やさない優しい人柄だった。




(……美人なだけに火傷の酷さが目立つな。ミナとルナを連れてことないで正解だった)




 火傷を負う前はとても美しかっただろう。いや、顔を半分焼けただらせてもなお、美しさは健在だった。


 愛嬌のある顔は、ただ美人というわけではない。


 誰からも好かれそうな雰囲気が、今でも伝わってくる。


 それだけに、火傷が酷く目立つ。




「……火傷は顔だけではないんだ。体の半分が焼けただれてしまっている」


「……そんな」


「医者は生きているだけで奇跡だと言ったよ」


「どうしてこんなことが?」




 声を殺し、問いかけた。


 幸いヴァレリーの耳にレダたちの声は届いていない。


 いや、届いていたとしても反応しないだけなのかもしれない。




「一年前、屋敷が放火されてしまったんだ。しかも、ただの火をつけられたわけではない。何者かが魔法で屋敷に火を放ったんだ」




 苦々しい顔をしてティーダが呟いた。




「私は妻と子供たちを連れて逃げることができたが、妹は逃げ遅れてしまったのだ」


「犯人は?」


「忌々しいことに見つかっていないっ」


「……あなた、あまり大きな声を出したら」


「っ、すまない」




 感情的になってしまった夫を嗜める妻の声で、ティーダは冷静さを取り戻す。


 年頃の女性が酷い火傷を負ってしまったのだ。


 その家族の心情は察するに余りある。


 レダはかける言葉を見つけられなかった。




「……かわいらしい子だった。少し子どもっぽいところもあったが、いい子だったんだ」


「ヴァレリーは、この町にも少なからずいる孤児の世話をしていました。ひとりでは限界があるとわかると、孤児院を建てようと頑張っていた矢先に……こんなことに」


「以来、妹は心を塞いでしまった。……食事すら取らないため、無理やり食べさせなければいけないほどだ」


「……無理もありません。もし、わたくしが同じことになったらと思うと、ヴァレリーを責められませんわ」


「きっと僕たちの声も聞こえていないだろう」




 沈痛な面持ちを浮かべる領主夫妻。


 ガブリエラに至っては、涙さえ流している。


 彼らの態度から、いかにヴァレリーを愛しているのかが伝わってきた。


 それだけに、心を塞いでしまうほどの火傷を負ってしまったヴァレリーが痛ましくてならない。




「治療士にもっと早く見せようとは思わなかったんですか?」


「誤解しないでほしい。私はいの一番に、治療士にヴァレリーのことを見せたよ。だが、駄目だった」


「……駄目とはどういうことですか?」


「治療できなかったんだ」




 なぜだ、とレダは疑問に思う。


 その答えは領主の口から語られた。




「ただの火傷だったのならきっとすぐに治っただろう。無論、治療士の腕にも関係するので、痕は残った可能性もある。だが、それでも今よりマシだったはずだ。問題は術者の腕じゃなかった、ヴァレリーを焼いた魔法にあったんだ」


「普通の治療じゃ治せない……そういうことですね?」


「そうだ。ヴァレリーを焼いた炎は、魔法だが、呪術が込められていた厄介なものだった」


「まさか……ヴァレリーさまは焼かれたと同時に呪われたってことですか?」


「その通りだ。それ以前に、放火も妹を狙ったものだったのではないかと私は考えている」




 ティーダ曰く、炎に焼かれたのはヴァレリーだけだったらしい。


 使用人も、屋敷にいた客人も、みんな無事だったという。


 ヴァレリーだけがまるで狙われたように重傷を負ってしまった。




「以来、この子を狙う者がいないかとずっと警戒していた。だが、不審な者は現れなかった。――今日までは」


「先ほどの襲撃ですね」


「君のご息女のおかげで、無力化した襲撃者たちを捉えることができたことに感謝している。おかげで存分に尋問ができる」




 だが、今はそれはいい、とティーダは首を振るう。




「いくら犯人が捕まろうと、ヴァレリーがこのままだとなにも変わらない」


「治療士にはあくまでも治療しかできません。少なくとも、この町の治療士にはヴァレリーの呪いを解くことができませんでしたわ」


「……そうなると神官に頼るしかありませんね」


「その通りだ。厳しい修行を積んだ神官ならば……そう思ったが、このような田舎の領地にわざわざ足を運んでくれる神官はいなかった。それに、献金を求められたが、とてもじゃないが払える額ではなかったんだ」


「あの、生臭坊主どもめ」




 神官のがめつさはレダも知っている。


 回復魔法は使えても、解呪や解毒などで世話になったことがあるが、結構な大金を取られたことを覚えている。


 無論、解毒などは毒消し薬が出回っているのでそちらを頼ることもできる。しかし、解呪になると、神官の使うことのできる「解呪」に頼る必要があった。




 ただし、「解呪」は神官だけの固有スキルではない。


 回復魔法の一種であるため適性があり、才能があれば習得はできる。


 だが、回復ギルドの方針として、治療士と神官の棲み分けのために「解呪」を取得することを暗黙のルールで禁止しているということを聞いたことがある。


 さらにいえば、「解呪」は神官でも習得が難しいらしく、治療士になると難易度は増すらしい。




「そこで君だ。レダ・ディクソン殿」




 ティーダとガブリエラが縋るような目で見つめてきた。




「君のことは以前から話に聞いていた。ヴァレリーのことを抜きにしても一度会いたいと思っていたんだ」


「それは光栄です」


「そんなとき、聞き逃せないことを耳にした。君は、冒険者ギルドから魔導書をいくつか借り受けているね。その中で、最近――「解呪」に関する魔導書を受け取っているはずだ」


「……よくご存知ですね。はい。確かに俺は「解呪」の魔導書を受け取っています」


「ならば頼む! 妹を、ヴァレリーを救ってくれ!」








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