5「ヴァレリー・ローデンヴァルト」①
「ようこそローデンヴァルト家へ」
レダたちを屋敷の応接室で出迎えてくれたのは、ティーダ・アムルス・ローデンヴァルト辺境伯。
つまり領主本人だった。
まだ二十六歳と年若い領主であると知識としては知っていたが、こうして実際に見てみると童顔で実年齢よりも若く感じた。
事前情報がなければ、亜麻色の髪を持つ美少年に見える。
「ディクソン殿、そしてご息女たちを危険な目に遭わせてしまったことを心から謝罪する。すまなかった」
領主と顔を合わせることに緊張気味のレダに対し、娘ふたりは平然としている。
ティーダはそんな三人に、しっかりと頭を下げて謝罪した。
(……まさか貴族が、それも領主が平民に頭を下げるなんて……変わり者なんて言われるわけだ)
もっとも彼が「変わり者」などと言われる所以は、受け継いだ土地からわざわざ国境の田舎に移り町興しをしているからだ。
「と、とにかく顔をあげてください。謝罪は受け取りましたから」
「ありがとう」
顔をあげてくれたティーダにレダは胸をなでおろした。
貴族に頭を下げさせるなど心臓に悪い。
「ローデンヴァルト様、俺はあなたに聞きたいことがあります」
「ティーダと呼んでほしい」
「……では、ティーダ様。俺たちは何者かに襲撃されました。謝罪をしただいたとはいえ、説明をしていただきたいです」
「もちろんだ。ならば、さっそく本題に入ろう。ディクソン殿、どうか君に治療してもらいたい人間がいる」
真剣な眼差しでレダを見つめるティーダ。
どことなく、すがるような感情もあるように見えたのは気のせいかもしれない。
「どなたですか?」
「――妹のヴァレリーだ」
ヴァレリー・ローデンヴァルト。
ティーダ・アムルス・ローデンヴァルトの妹であることは、この町に来たばかりのレダでも知っている。
ただし、彼の記憶では確か、
「ヴァレリー様は確か王都にいると伺っているのですが」
冒険者仲間のテックスたちから、町の中の情報はいろいろもらっている。
辺境伯家の情報も無論あった。
その中に、ヴァレリーが王都に留学中という話も聞いていたのだ。
「世間的にはそうしているんだよ。……ついてきてくれ。できれば、ご息女たちには遠慮してもらいたい」
ちらり、と大人の会話を見守っていた少女たちに目を向ける。
「こちらの都合もあるが、あまり目にして気持ちのいいものではないだろう。とくに、年頃の少女には、な」
「……わかりました。パパ、あたしはミナと一緒に待ってるわ」
「うん。ちゃんといい子にしてる」
「ありがとう」
素直にいうことを聞いてくれるかわいい娘たちの頭を撫でる。
「すまないな。マイセル、この子たちに甘いものを」
「かしこまりました。先日、王都から届いたとっておきを振舞わせていただきます」
「やったー」
「ラッキー」
喜ぶ少女たちにレダだけではなく、ティーダも目を細め、静かに微笑んだ。
しかし、すぐに真面目な顔に戻り、領主はレダに視線を戻す。
「では、ついてきてくれ」
「わかりました」
娘たちに手を振ってレダはティーダとともに部屋を出ていく。
領主の屋敷の割に、煌びやかさが控えめな建物の中を歩いていった。
この屋敷は、二階建てで、陽のあたりがいい。
「少し歩くことになるが我慢してほしい。田舎ゆえに土地だけはあってね。屋敷もその分広いのさ」
彼の言葉通り、屋敷は広かった。
色とりどりの草花が植えられた花壇や、果実の実った木々が植えられているのが見える。
金を費やした貴族の屋敷という印象はまるでなく、落ち着きのある貴族の別荘という雰囲気がする。
屋敷の二階に足を進めると、ひとつの部屋の前に美しい女性が立っていた。
「妻だ」
まだ年若い二十歳ほどの女性だった。
艶やかな黒髪をまっすぐに伸ばした、細身の美人だ。
彼女はレダと夫を見つけると、一礼した。
「ようこそおいでくださいました。ガブリエラ・ローデンヴァルトと申します」
「レダ・ディクソンです。はじめまして」
「本日はヴァレリーのためにありがとうございます」
瞳を潤ませ始めたガブリエラに、レダは責任の重大さを思い知る。
「妻と妹は学生時代からの友人なんだ」
「ヴァレリーは明るく、優しく、とても良い子でした。なのに、こんなことになってしまい……」
ついには涙を流し始めたガブリエラに、よほどひどい状況なのだと推測した。
治療士を求めていることから治療が必要だというのは理解できる。
だが、この町に最近やってきたレダでなくとも、治療士はいたはずだ。
「ここは一番日当たりがいい部屋なんだ。ここに妹がいる」
なぜ自分なのかと尋ねようか迷ったレダだったが、それよりも早くティーダが下手の扉に手を伸ばしてしまう。
「ディクソン殿、きっと妹の顔を見れば、私がなにを君に求めているのか言われずともわかるはずだ。きっと思うこともあるだろう。目にしたものに感じることもあるだろう。だが、ひとつだけ頼みたい。なにを思っても、決して口にはしないでほしい、と」
「わたくしからもお願い致します」
領主夫婦から願われたレダに頷く以外の選択肢はなかった。
「……感謝する。では、中に入ろう」
ティーダは小さくノックをすると、静かに扉を開けた。
「私だ、入るぞ。今日は、お前に会わせたい人がいる。もしかしたら、力になってくれるかもしれない」
部屋の中へ入るティーダにレダも続く。
「――っ」
そして、息を飲んだ。
部屋の中には、大きなベッドに横たわる女性がいた。
まだ二十歳ほどの女性にも関わらず、正気がまるでない。
力を失った瞳を窓の外へ向けて、ただぼうっとしているだけだ。
おそらく、兄の声を耳に届いていないのだろう。
(……これはひどいな。なにを思っても口にするなっていう理由がわかったよ)
もし、感じたままを口にしていたら大変なことになっていたかもしれない。
つばとともに、レダは言葉を飲み込む。
(……この人が、ヴァレリー・ローデンヴァルト様……かわいそうに、なんて酷い『火傷』なんだ)
美しいはずの顔に重度の火傷を広げるヴァレリーの姿に、レダは痛ましさを覚えるのだった。
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