4「ローデンヴァルト辺境伯家」②




「もう……嫌な予感しかしないっ!」




 領主の屋敷に向かう道中。


 レダは、地面に膝をついて頭を抱えて叫んだ。




「これ、もう厄介ごと案件でしょう! 薄々気づいていたけどさっ!」




 はじまりは、馬車をガラの悪い男たちに無理やり止められたことだった。


 路地裏に誘導され、剣を突きつけられてしまった。


 さらには「領主に関わるな」の一言だ。


 すでに自分たちが領主と何者かのごたごたに巻き込まれたのだと察した時には遅かった。




「もうっ、パパったらだらしないわねぇ。この程度の男たちなんて何人集まったって問題ないじゃないの」




 呆れた声をだすのは、ルナだ。


 十人の野盗崩れをひとりで倒しておきながら、息さえ切らしていない。


 彼らにとってここにルナがいたのが運の尽きだった。




 娘が荒ごとに関わって欲しくないレダが止める間もなく、ルナは笑顔で馬車の外に飛び出して男たちを無力化してしまったのだ。


 その手際は見事の一言だった。


 ルナはもちろん、襲われた側に傷ひとつない。


 これでは危ないことをしたと怒るに怒れなかった。




「ルナ、こんかいはなにもなかったから口うるさいことはいわないけど、本来なら君が戦う必要なんてないんだ」


「やーよ。代わりにパパが戦うの? 言っておくけど、対人戦ならあたしのほうが上よ」


「それでも危険なことはしないでほしい」


「ぶー。ま、いいわ。夫が妻のことを心配するのは仕方がないものね。わかったわ。今度野盗に襲われたらパパに任せるから」


「娘が心配なんだよ。妻じゃないから……ってこんなやりとりをしている場合じゃなかった」


「もうっ、パパったらつれないんだからぁ」




 幾度となく繰り返したやりとりをしながら、レダは馬車の中にいるミナの様子を見る。


 幸いなことに怯えた様子もない。


 ここ一週間で知ったのだが、ミナは人見知りで、少々控えめな性格をしているものの、度胸はある。


 現に、今だって平然としている。


 そんな娘に安堵の息を吐くと、顔色の悪い老執事に声をかけた。




「マイセルさん、大丈夫ですか?」


「え、ええ、問題ございません」


「で、なんでこんなことになったのか話してくれますよね?」


「……大変申し訳ございませんが、私にはお話しすることができません。どうか主人から直接お聞きください」


「娘まで巻き込まれているんだぞ! はいそうですかって、言えるわけがないだろ!」


「お怒りはごもっともです。主人から必ず説明がございます。どうか、どうか!」




 危険な目にあったのがレダだけであればとやかく言うつもりはなかった。


 だが、ミナとルナが巻き込まれた以上黙ってはいられない。


 彼女たちを連れてきたレダにも責任があるかもしれないが、領主に呼ばれた時点で関係者と見なされていただろう。




「おとうさん……あまりおこらないで?」


「……ミナ」


「わたしも、おねえちゃんもだいじょうぶだから」




 娘の言葉に冷静さが戻る。


 そうだ。頭に血が上ってなにになる。


 レダは深呼吸して怒りを納めた。




「領主様にお会いしたらちゃんと事情を話してもらいますからね」


「感謝致します」




 嘆息交じりにそう告げたレダへ、マイセルが深々と頭を下げた。




「いいから顔をあげてください。また襲われても嫌ですから、はやくお屋敷にいきましょう」


「かしこまりました」


「まったく……領主様に会うだけでも気が重いのに、厄介ごとに巻き込まれるとか、お腹いっぱいだよ」


「ふふふ、頑張ってねパパ。夜になったらたくさんサービスして疲れを癒してあげるから」


「あのね、だから言い方」




 背後から抱きついで、首にぶら下がってくるルナが耳元で甘く囁いた。


 その小さな声は老執事の耳にも届いたようで、彼は驚きに目を見開く。




「……ディクソン様……まさか、あなたはご息女と」


「誤解! 誤解ですから!」


「おとうさんとおねえちゃんはとてもなかよしなの!」




 むふー、と父と姉の仲良し具合を自慢するように胸を張るミナに、マイセルの誤解が加速する。




「ふうむ……仲良し、ですか。いえ、私はあくまでも執事です。主人のお客様の爛れた家庭環境にとやかく口を出すつもりはございません」


「だから誤解だって言ってんだろう! どうしてみんな、ルナの言葉をいちいち真に受けるんだよ!」




 いつもの調子を取り戻して叫ぶレダに、姉妹が目を合わせてこっそり微笑んだのだった。








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