3「ローデンヴァルト辺境伯家」①
「おとうさん、おとうさん。またおきゃくさんみたいだよ?」
アイーシャと再会した翌日、回復魔法の勉強を終えて一息ついていたレダにミナが声をかけてきた。
レダの勉強を邪魔したらダメだと、ミナとルナは食堂で昼の仕込みを手伝っていた。
店主リッグスは面倒見のいいドワーフだということもあり、娘たちの料理を学びたいと言う願いを快諾しただけではなく、バイト代までくれるのだ。
「お客って誰だかわかる?」
「ううん。でもしつじさん」
「……執事?」
レダの記憶には執事の知り合いはいない。
ミナと手を繋いで部屋を出ると、食堂に向かった。
宿屋に間借りしている以上、どうしても客人を出迎える場所は限られているのだ。
「あ、パパ!」
エプロン姿のルナがレダに気づいて手を振る。
彼女の手にはトレイが握られており、給仕をしていたのがわかる。
殺伐とした日々を送っていたルナも、今ではすっかりレダたちと暮らす日常に慣れているようで安心する。
「リッグスさんに新しい料理教えてもらったんだよ。こんばんは期待していいわよ。ミナと一緒にごちそう作るから」
「うん。楽しみだよ。ところで、俺にお客が来ているらしいんだけど」
「執事さんならそこよ。今、お茶を出したところ。なになに、パパったらどんな知り合い?」
「俺にもさっぱりなんだよ」
「ふぅん」
またあとでね、と言って厨房に戻っていくルナを見送ると、ミナも姉のあとを追った。
ひとりになったレダは、客人に視線を向ける。
「本当に執事だ……見覚えは、ないな」
紅茶に口をつけていたのは初老の執事だった。
白髪混じりの灰色の髪を後ろに流し、髭を蓄え、片眼鏡をしている。
「これはこれは、あなたがレダ・ディクソン様ですね?」
執事がレダに気づき立ち上がった。
「はい」
「お初にお目にかかります。私はマイセルと申します」
「どうもレダ・ディクソンです」
深々とお辞儀する老執事に、レダも頭を下げた。
執事、というよりも品のいい紳士だ。
王都で冒険者をしていること、このような男性と会ったことがある。
「とりあえず座りましょう」
「では失礼致します」
椅子に腰を下ろし、向かい合う。
先に口を開いたのは老執事だった。
「急に押しかけてしまい申し訳ございません。本来ならアポをとってから伺うべきだったのですが、何分早い方がいいと思いまして」
「なにか急ぎの用事でも?」
「はい。我が主人がディクソン様とお会いしたいと願っております」
「……主人?」
「この町の領主であらせるティーダ・アムルス・ローデンヴァルト様でございます」
なにを言われているのかわからなかった。
無理もない。
領主が会いたいと使いをよこしているのだ。
誰だって混乱する。
「えっと、まってください、いろいろ言いたいことはあるのですが……どうしてですか?」
「申し訳ございませんが、ここではお答え致しかねます」
レダは老執事が返答を避けたことに訝しんだ。
こうしてわざわざ会いに来ているのに、なぜ、と思わずにはいられない。
「なにか問題があるってことですか?」
「……私の口からはお伝えできません。あくまでもディクソン様を主人の元へお連れするだけですので。しかしながら、現状では礼を欠いているのも確かです。ですので、ただ言うなれば、ディクソン様にどうしてもお願いしたいことがあるということです」
「……いいでしょう。正直、なにがなんだかって混乱はしていますけど、領主様が俺になにか頼みがあるのなら会いましょう」
「お礼申し上げます」
実は、結構思うことがある。
なぜ貴族が自分などに用があるのかわからないし、使いをよこしておきながら事情を話せないというのもおかしな話だ。
(うーん、よほど誰かの耳に入って欲しくない問題でも抱えてるのかな?)
であれば、厄介ごとの予感しかしない。
「ちょっと待って待って、パパが行くならあたしもいくわよ」
「ミナもいく! おねえちゃんだけずるい!」
聞き耳を立てていたらしい娘たちが手をあげて、着いてくると主張する。
レダとしても、家族になったばかりの娘たちとあまり離れたくなかった。
「もちろん構いません。ですが、主人とお会いできるのはおそらくディクソン様だけになると思われます」
「構いません。それでお願いします」
「では、馬車を用意してありますので、こちらへどうぞ」
そう言って立ち上がったマイセルが、外にレダたちを促した。
三人は、老執事に従って領主の屋敷に向かうのだった。
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