プロローグ「娘がいる日常」



 レダがミナとルナを家族に迎えて瞬く間に一週間が経った。


 治療師の仕事も順調だ。


 文句など言わず進んでミナとルナが手伝ってくれるのがありがたい。




 ミナの「恩恵」に関しても一週間でいろいろ調べてみた。


 あくまでも能力を向上させる力はあるようだが、爆発的な変化はないらしい。


 ルナ曰く、「ミナの恩恵ってもともと力を持ってなければ意味ないし? つまりパパは元から治療士として凄かったってことでしょ? なにか問題あるの?」とのことだ。




 確かに以前よりも回復力が上がった自覚はあるが、それ以前にレダ自身に治療士としての能力がちゃんと備わっていたからこそだという。


 また、能力向上も常にではないらしい。


 他ならぬミナが意識して恩恵を与えているわけではなく、その恩恵も所詮は人間の与えるものでしかない。


 なので「普段よりも調子がいい」程度に思っておくくらいでいいらしい。




 ミナ自身は「おとうさんのちからになれるならうれしいな」とはにかみ、ルナも「パパも、治療をしてもらう人もラッキーでいいじゃない」というあっさりしたものだった。


 娘たちがそうなのだ。レダも深く考えないようにしていた。




 治療士としても変化があった。


 近日中に、ギルドと相談の場を設けて診療所を設立することになっている。


 娘たちも積極的に手伝うと言ってくれたのが嬉しい。




 同じくらいに、王都からブラックドラゴンの査定もくるので、エルフたちに復興のための資金が届くことに安堵している。


 すでにクラウス親子が先じてアムルスにやってきており、レダが仲介役を買ってギルドに紹介している。


 今度、領主とも会うらしい。こちらも順調だ。




 一見すると順風満帆のレダではあるが、彼にも悩みがあった。




「はぁ……どうしよう」




 仕事を終えて、部屋でひとり。回復魔法関連の魔法書を読みながら、レダはため息をついていた。


 理由は家族として迎えた少女たちにあった。




 ミナもルナもいい子だ。


 姉妹だということもあり関係は良好。


 もちろんレダとだっていい感じである。




 ミナは「おとうさん」と呼び慕ってくれていて、以前にくらべて甘えもしてくれる。


 まだよい父親をできている自覚はないが、家族として助け合うことができていると思っている。


 姉ルナと、友人のメイリンのおかげで、日に日に明るくなっていくミナを見ているのは楽しい。


 毎日、違った一面を見せてくれるので、発見ばかりだ。




 また、親孝行したいらしく、最近では食事の支度を手伝うようになった。


 宿泊先の宿屋の店主リッグスも、娘の友人の健気な姿にいかつい顔を笑顔にして料理の基礎を教えてくれている。




 問題はルナだ。


 彼女は「娘ではなく奥さんになる」と言ったが、レダは当初、冗談だと思っていた。


 しかし、この一週間で本気だと嫌というほど思い知らされてしまった。




 まず、スキンシップが多い。


 控えめな性格のミナもスキンシップが増えたが、ルナはさらに上をいく。


 隙あらば抱きついてくるし、腕を絡めてくるなどしょっ中だ。


 風呂に入っていると「背中流してあげる」と乗り込んでくるので、遠慮すると「可愛い娘を拒絶するの?」と都合のいいときだけ娘にもなる。




 夜は三人で寝ているのだが、ルナはとにかく体を密着してくるのだ。


 小柄なのにすらりと長い手足をこれでもか、と絡みつけてくる。


 耳元で甘い吐息を吐き、いたずらとばかりに耳を甘噛みしてくる。




 ミナとも一緒に寝ているし、お風呂に入ることもあるが、彼女はいたって普通だ。


 実に親子らしい時間を過ごすことができる。


 とはいえ、ルナから聞いて、ミナは十二歳だと知ったので、お風呂もしばらくしたら卒業しなければと考えている。




 そんなこんなでルナのアプローチに疲れ果てているのだ。


 誰が見ても美少女と断言できるルナから好意を抱かれるのは嬉しいが、レダの半分の年齢しかない少女に誘惑にどぎまぎしてしまうのも色々まずい。




 先日、冒険者で友人のテックスにそれとなく相談したら爆笑された。


 もう二度と相談するものかと誓った。


 彼曰く、女性に免疫がないのが悪いと言われてしまった。




 レダも三十歳。


 それなりに女性と付き合っていてもいい年齢だ。


 王都にいたころは恋人はいたものの、金を巻き上げられただけで終わっている。


 他にはまったく縁がなかったので、恋人いない歴がそのまま年齢だった。




「しかたがねぇ、娼館にいくか?」




 アムルスの町にもその手の店はある。


 娼婦に偏見などないレダではあるが、娘のいる身でありながら娼館へ通ったなど知られてしまうと、娘たちになにを言われるかわかったものではない。


 まったく興味がないといえば嘘になるが、はっきりとお断りしたのだった。




 しばらく魔法書を眺めていると、足音が近づいてくるのがわかった。


 軽やかな足音はミナとルナのものだ。


 とくにルナは戦闘技術に優れているため、気をつけていないと足音さえ聞こえないときがある。




「おとうさん!」


「ねえ、パパぁ!」




 珍しく息を切らせて部屋に飛び込んでくるふたりに、レダは驚きながら体を起こす。




「どうしたの?」


「お客さんだよ!」


「客?」


「ていうか女の子のお客さんなんですけどぉ」


「女の子って誰?」


「あ、名前聞くの忘れちゃった。でもね、パパ! こんなかわいい娘と奥さんがいるのに、他の女に手を出そうなんて考えたら……あたし、本気になるから」


「本気ってなに!?」


「ふふふっ、それはそのときのお楽しみぃ」




 なにやら物騒なことを言うルナに嫌な汗が流れるも、客がいるのなら待たせておけない。


 そう思ってふたりと手を繋いで、部屋から出ていく。


 そして、レダを待っていたのは、




「お久しぶりっす、レダさん!」










 ――かつてのパーティーメンバーだった。










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