エピローグ「厄介ごとの予感」



「おとうさん……おとうさんか、えへへへ」




 宿に戻ったレダたちは、家族三人で暮らすことを宿屋の店主リッグスに伝えると、彼は深く何かを聞くことなく「そうか、お前も親父になったか。頑張れよ」と言ってくれた。


 ミナの友達のメイリンは「よかったねー、ミナちゃん!」とまるで自分のことのように喜ぶと同時に、持ち前の人懐っこさからルナともすぐに打ち解けていた。




「こ、これからよろしくね、おとうさん」


「至らないことはあるかもしれないけど、よい父親になれるように頑張るよ」




 ちょっと気恥ずかしそうなミナではなあるが、レダのことを「おとうさん」と呼ぶことに抵抗はないようだった。


 そのことに安堵しながら、ずっとおとなしいルナに視線を向けたレダ。




「……な、なによ?」


「いや、ルナは俺のことなんて呼ぶのかなって。無理して父親になろうなんて思ってないから安心してほしんだ。俺は家族になれるなら形はなんでもいいんだから」


「ふぅん」




 怪しくルナの瞳が輝いた気がした。




「じゃあ、あたしー、奥さんになりたいなぁ」


「る……ルナさん?」


「ほらぁ、プロポーズされちゃったからちゃんと応えないとって思ったんですけど?」


「家族になろうとは言ったけど、プロポーズをしたわけじゃないんだけどな……」


「でもあたしはプロポーズされたって思ったんですけどー。あんな力強く、家族になろう、幸せにする、なんて言われたら……あたしの女の部分が疼いちゃうわよ……ふふっ」




 幼さを残す少女のはずが、どこか妖艶に微笑むルナ。


 レダに冷たい汗が流れる。




「おねえちゃんがおとうさんのおくさん? ……あれ? わたしのおかあさんになるの?」


「深く考えなくていいのよ、ミナ。あたしたちはみんな家族。それでいいじゃない」


「うん、そうだね」


「いい子ねー、ミナは。ふふっ」


「いやいや、待って待って! そもそも奥さんって、ルナは成人してないでしょう! 結婚できないから!」




 成人しているしていないの問題ではないのだが、年齢を理由にしてみることにした。


 だが、




「ふふふっ、あたしねあと一ヶ月で成人なの。それってどいうことかわかる?」


「……うわぁ」




 基本、結婚は成人した十五歳以上がするものだ。


 そこに年齢差は関係ない。


 もっと言えば、一夫多妻も条件付きで許されている。




「来月になったら十五歳だから、うふふ、楽しみね。あ、そうだ。あたしはパパって呼ぶわね。もちろん、お父さんって意味じゃなくて、「あなた」って意味だから」




 ルナが本気かどうかレダには全くわからない。


 からかわれているならそれでいもいいが、本気ならどう対応すればいいのだろうか、と頭が痛い。


 ミナは姉とレダと「家族」として一緒にこれから過ごすことができることを素直に喜んでいる。




(ま、今はこれでいいか)




 正直にいえば気になることはたくさんある。


 ルナたちがいた組織だって、いずれ追っ手が来るかもしれない。


 ギルドに相談しておくべきだともレダは思う。




(やるべきことはたくさんあるけど、俺はこの子たちと幸せになろう)




 改めて決意したレダは、家族となった少女たちと一緒に笑顔を浮かべるのだった。








 ※








 王都にある回復ギルド本部にて、ギルド職員のアマンダは辺境の町アムルスの治療士から送られてきた手紙を読んで憤慨していた。




「……回復ギルドに登録していない治療士を冒険者ギルドが正式に雇っているとはどういうことですか!」




 アムルスの町には治療士がふたりいる。


 まだ若手だが、才能がある人材だと覚えていた。


 ローデンヴァルト辺境伯が町を発展させる人材を集めていたことから、わざわざ治療士を紹介してやったというのに、この扱いは納得できないものだった。




「ときどきいるんですよね……おかしな正義感を出して、安い治療費で治療をしてしまう人が。まったく……そんな人のせいで、治療士の相場が崩れたらどうするんですか! 治療士の技術にどれだけの価値があるかわかっていないから、馬鹿みたいな価格で治療するんでしょうけど……ああ、頭が痛い」




 治療士の治療費が高いことはアマンダもよくわかっている。


 しかしそれだけの価値があることもよく知っている。


 怪我などがすぐに治る。それだけで、どれだけ回復魔法が優れているのか理解できるはずだ。


 ゆえに治療に高額請求するのも、正当な対価であると信じて疑っていない。




「怪我ばかりしている冒険者ギルドからすれば、治療費が高いのが気に入らないのはわかりますが、それは向こうの都合でしかありません。そもそも怪我をしないように気をつければいいんです」




 治療できるから怪我しても構わない、などと思われるのは困る。


 治療士だって限界はあるのだ。


 それ以前に、治療士だって完璧ではない。


 すべきことをすれば治療費が高いと文句を言われ、治せなかったら人殺しと文句を言われる。


 実に理不尽である。




 ゆえに回復ギルドは、治療費を定めない。


 いいように利用されることを防ぐ意味合いもある。


 希少な回復魔法を使う治療士が、安くこき使われるなどあってはいけないのだ。




 だからこそ、アムルスの冒険者ギルドは許せない。


 レダ・ディクソンという治療士を把握していなかった回復ギルドも悪いが、だからといって安い治療費でこき使っているらしい。


 おかげで他の治療士に仕事が回ってこないどころか、金の亡者と住民から罵られてもいるという。


 すべては、レダという人物が、非常識な治療費で治療をしているからだった。




「……レダ・ディクソンには一度注意をしなければいけませんね。彼も、自分の価値を知れば、馬鹿なことはやめるでしょう」




 アマンダは、あくまでも治療士のレダの「こと」を思いやって注意することを決めた。


「彼」のためにも、ただしい治療費を得るべきだ。


 治療士は相応の評価をされ、尊敬され、慕われる存在でなければならない。


 金のない人間にいいように使われてはならないのだ。




「準備が出来次第、アムルスの町に向かうとしましょう」








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