47「家族になるためのステップ」④




「はぁ? なにそれ!」




(……この子、本気で俺のこと殺すつもりだったな)




 幸いなことにナイフを視認できたので、とっさにアイテムボックスに収納してみた。


 一か八かだったが、成功できたことに心底安堵する。


 刺された太ももからナイフを抜いて「回復」をかけた。




「そういえば、おじさんって治療士だったわね。あーあ、さくっと死んでいればよかったのに」


「ルナ」


「気安く名前呼ばないでほしんですけど。訴えるよ?」


「俺はミナと家族なりたい。逃げ出すほど嫌な場所に帰したくない」


「それで? ミナの力を知ったからって利用しようとするんでしょ?」


「そんなことしないと誓うよ。どうせ底辺冒険者だ。どうやって利用していいのかもわからない」


「っていいながら十分いい思いしてるじゃない。ま、おじさんの意思じゃないことくらいはわかるけど、今までどんな大人も欲望丸出しで……気持ち悪い奴らばかりだったわ」




 ルナの心配もわからないわけじゃない。


 力を向上させる能力を欲しがる人間はいるだろう。


 ルナはそんな悪意を持つ大人から妹を守ってきた。


 いいお姉ちゃんだ。




「ま、半分は本気でミナのことを考えてるんだけどね、もう半分は違うわ」


「違うって言うと?」


「あたしのことを見捨てて自分だけ、こんなおっさんと幸せになろうなんて許せないのよ!」




 怒りを込めた視線をルナは妹に投げつけた。


 ミナは姉を助けようとしたと言ったが、信じていないようだ。




「あんたがいない間、あたしがどんなに責められたと思ってるの? 殴られ、蹴られ、食べ物も与えられなくて、死んでもおかしくない殺しをやれって言われて、それでも意地で生き残ったのよ?」


「……おねえちゃん」


「ミナと一緒にいたいのは本当よ。でもね、それ以上に、連れて帰らなかったら何をされるのかわからないのよ!」




 知らずにルナは涙を流していた。


 きっとミナを案じている気持ちと、自分を守りたい気持ちがごちゃごちゃになっているのだろう。




「ルナ……そんな酷いところに戻ってなにになるんだ?」


「だから! あたしにはそこしか居場所がないんだよ! 親に捨てられて、どうしろっていうの!?」


「俺と一緒に暮らそう」


「はっ、さっきも同じようなこといってたけど、笑わせないで。大人なんて信じないから。どうせ油断したら気持ち悪いことするつもりでしょ」


「……警戒するのはわかる。今日会ったばかりだもんな。だけど、俺は大人で君は子供だ。そんな君が殺しを強要するような場所に戻ることは、我慢できない」


「あたしに同情してるってわけ? ふざけないで! 殺すわよ!」


「正直に言えば、同情しているよ」




 そう言ってレダはルナへと近づいていく。


 この悲しくも、強くあろうとする少女を助けてあげたかった。




「来るな! 来ないで!」


「俺に大した力はない。その組織から守ってあげられるかって言われたら、自信もない。だけど、一緒にいてあげるよ」


「おっさんと一緒にいてなにになるっていうのよ!」


「愛すると約束する」


「は……愛? 意味わかんない」




 レダは本気だった。


 子供ながら親に売られた姉妹を愛そう。そう決めた。


 それが家族というものだ。


 名ばかりの家族になりたいわけじゃない。本当の家族になりたいのだ。




「……そうやって裏切るんでしょ」


「裏切らない。約束する。絶対に裏切らない」


「あたしがちょっと優しくされたからって簡単になびくなんて思わないでよね」


「それもわかってる。信頼は時間をかけて勝ち取るよ。だから、家族になろう。三人で」


「……ミナだけじゃなくてあたしにもプロポーズとか、マジ引くんですけど」


「それでもいいから。一緒にいよう」




 レダはそう言って、褐色の少女の体を優しく抱きしめた。


 抵抗はなかった。


 代わりに嗚咽が聞こえた。




「……あたしずっとミナのこと守らなくちゃって」


「うん」


「でも、ミナはあたしから離れてどこかに行っちゃって」


「うん」


「捨てられたんだって思った。絶望もした」


「うん」


「ミナを見つけたら、おじさんと楽しそうにしてた。幸せそうだった。あたしはそれが妬ましかった、羨ましかった」


「うん」


「……本当にいいの?」


「もちろんだ。至らないおっさんだけど、俺はミナとルナと一緒にいたいんだ」




 ルナから返事はなかった。


 鳴き声が大きくなる。


 褐色の少女がレダの腕の中でわんわん泣いていた。




「ごめんね、おねえちゃん」




 ミナがルナを背後から抱きしめる。




「わたしのことまもってくれてたのに、ひとりにしてごめんね」




 ミナもまた涙をぼろぼろ零していた。


 自分の知らないところで姉が辛い思いをしていたことを知り、涙が止まらなかった。




「三人で幸せになろう。俺が幸せにするよ」




 少女ふたりを力一杯抱きしめて、レダが告げる。


 この日、レダ・ディクソンはふたりの少女と家族になったのだった。








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