44「家族になるためのステップ」①
エルフの集落から戻ってきた翌日。
幸いなことに治療を必要とする依頼がないため、久々に休日となったレダは、いつもより少し大人しいミナと過ごすことにした。
(――今日、ミナに伝えよう)
ただふたりでのんびりしていてもいいのだが、レダはミナに言っておかなければならないことがある。
簡単なようで難しいことだ。
――家族になろう。親子になろう。
そのたった一言をどう伝えればいいのか悩んでいた。
別にレダとミナの関係が変わるわけではない。
きっと今まで通り、ふたりで一緒にいるのだろう。
しかし、緊張がレダを襲い、単純な一言を伝えさせてくれなかった。
緊張を解きほぐすため、レダはミナと一緒に街を散策することにした。
よくよく思い返せば、このアムルスにきてから治療士として忙しく、ここがどんな町か見て回る余裕さえなかった。
ミナとふたりで少し町の中を歩くだけで見知った顔に声をかけられ、手を振られる。
先日助けた冒険者の夫婦をはじめ、様々な人たちが声をかけてくれた。
中にはレダのことを「先生」などと呼ぶ人もいて、ついつい困ったような笑みを浮かべてしまう。
人見知りのはずのミナだが、なにかと顔を合わせる住民たちには慣れたようで、笑顔を浮かべて手を振り返している。
(出会った頃に比べたら、ずいぶん変わったな。笑顔も増えたし、明るくなった)
ミナの変化に嬉しくなる。
天使のようにかわいらしい少女は、いずれ成長し、美しく育つだろう。
いい人が現れて、恋をして、結婚だってするはずだ。
せめてそのときまで守ってあげたい、とレダは少々気が早いことを考える。
「レダ? どうかしたの?」
街外れまで歩きながら、新鮮な景色を眺めて喜ぶミナを見て目を細めていたレダに少女が問うた。
「ミナと出会ってあまり時間が経ってないけど、ずっと一緒にいるみたいだなぁって」
「へんなレダ。でもね、わたしもレダとずっといっしょってきがするかも。あとね……ううん」
「なんだよ?」
「なんでもないよっ、いいの」
なにかを言おうとして首を横に振ってしまったミナのことが気になったが、レダは今こそ絶好のチャンスではないかと思った。
都合のいいことに人気がない。
町外れということもあって、教会が一軒あるだけだ。
小さな畑なども周囲にはあるが、幸いなことに仕事をしている人の姿も見えない。
(これは……今こそ伝えるべき瞬間じゃないのかな?)
ギャラリーがいるところで家族になろうなどと言えば、冷やかされるかもしれない。
そのせいで恥ずかしがったミナに断られたら、と思いずっと機会を伺っていたのだ。
今なら誰もいない。
ミナと自分だけだ。
「あ、あのさ、ミナ」
「うん?」
まるでこれからプロポーズするのではないかという緊張を覚えた。
口の中がカラカラして、動悸も激しい。
たった一言を口にすることが、こうも怖かったのかと思い知らされた。
しかし、恐怖も緊張もすべてを飲み込んで、レダは決意した。
このままなにも言わないのでは、なにも変わらないとわかっていたから。
「なんていうか、こういうことを急に言われても困ると思うんだけど、けじめをつけたいっていうかさ……」
「レダ?」
「ああっ、もうっ、はっきり言え! 男だろ、レダ・ディクソン!」
両手で自分の頬を叩くと、突然の奇行に驚いている少女の前に膝をつき彼女の手を取る。
「ミナ、俺と家族にならないか?」
「――え?」
「父親と娘でも、兄と妹でもいい。だけど、ただ保護者っていうんじゃなくて、正式に家族になろう」
ようやく伝えるできた言葉、単調なものではあったが、十分に少女に伝わってくれた。
ミナは目を大きく見開いて唖然としている。
「…………」
そして、永遠とも思える沈黙が続いたあと、少女はゆっくりと口を開いた。
「いいの?」
「ああ」
「わたしと家族になってくれるの?」
「もちろんだ」
「ほんとうに……いいの?」
「駄目に決まってるじゃない」
ミナの問いかけに答えていたレダのものではない、第三者の声が響いた。
「あんたと家族になるですって? あたし、許さないんだけど」
どこか甘い声音の少女の声だった。
レダはとっさに立ち上がり周囲を見渡すが、誰もいない。
声の主は明らかに自分たちに向けて声を発している。
「こっちよ、おじさん」
「――っ」
声は教会の屋根からだった。
弾かれたように顔を向けると、そこには少女がいた。
「あたし笑っちゃうんですけど。こんな冴えないおじさんと家族ごっこしてるの?」
十五、六歳の少女だった。
褐色の肌と、銀髪を伸ばしてアップにした美しい小柄な少女だ。
体型に凹凸こそないが、足が長くスタイルがいいのが見て取れた。
肌を惜しげなく晒す露出が多めの戦闘衣を身にまとい、どことなく妖艶な雰囲気を持つ少女の手には、片刃のナイフが二振り握られている。
「……君は誰だ」
なによりも、レダが警戒したのが、少女から明確な敵意が放たれていたことだ。
少なくともレダにとって初対面の少女から敵意を向けられるような覚えはない。
「あたしはねぇ……ルナ。そこにいる、おじさんが家族になろうなんてプロポーズもどきをしたミナの姉よ」
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