43「ミナの悪夢」
ミナは日のよく当たる丘にいた。
すぐそばにはレダがいてくれる。
ミナはレダが大好きだった。
それが異性としてなのか、家族として慕っているものなのかまだ子供のミナにはわからない。
しかし、確かなことがひとつだけある。
――わたしはレダとずっといっしょにいたいな。
優しい彼の笑顔が好きだ。
お人好しで困った人を放って置けないところが好きだ。
いつも自分を見守り慈しんでくれる彼が大好きだ。
周りの人たちがレダを父親と勘違いすることがある。
最初は、彼に申し訳なかったので否定していた。
だけど、最近は彼が父親だったらいいのにな、と思うことがある。
そんな感情を抱いたら駄目だとわかっているのに、つい考えてしまう。
もしレダがわたしのお父さんだったら……。
しかし、そんなことを考える資格は自分にはないと知っている。
彼に隠していることがある。
言わなきゃいけないのに言っていないことがある。
なによりも、自分だけが幸せになっていいはずがない。
「あんただけ幸せになったら許さないんだから」
「――ひっ」
聞き覚えのある誰かの声が、少女を責める声でどこからともなく放たれた。
「あたしのことを捨てて、自分だけ幸せになんかさせないから」
「――やめて!」
絶叫をあげると、誰かが笑った。
くすくす、と小馬鹿にするように。
苦しんでいる姿を楽しいと言わんばかりに。
ミナは助けを求めようとレダを探した。
少女にとって唯一信頼できる大人である彼は、小柄な影によって首を絞められていた。
「レダ!」
どうして抵抗しないの?
そんな想いとともに、彼を助けようと走る。
だが、草木が足に絡みつき、うまく歩くことさえままならない。
ついに地面に倒れてしまったミナに、小柄な影が一瞥した。
影の口元は耳元まで裂け、にたり、と恐ろしい笑みを浮かべた。
影の手には二本のナイフが握られている。
「やめて」
影は容赦無くレダの胸元にナイフを突き立てた。
「やめてぇえ! おねえちゃん!」
※
目を開け、体を弾くように起こしたミナはここがベッドの上だと気付いた。
隣には寝息を立てているレダの姿がある。
恐る恐る彼の胸を触ると、規則正しく上下していてほっとした。
つまり今まで見ていたのは少女の夢だったのだ。
(どうしてあんなゆめをみたんだろ……ううん、わかってる。わかってるもん)
胸が痛い。
その理由は言うまでもなく、今見た夢のせいだ。
あの夢は自分に対する警告だったかもしれない。
自分だけが幸せになっていくことなど許されないという、他ならぬミナ自身の想いだったのかもしれない。
「……ん、どうした、ミナ?」
「……えっと」
うっすら目を開けたレダが、半分眠ったままミナに声をかけた。
彼は眠っている時でさえ自分のことをきにかけてくれる。
そのことが嬉しい。同時に申し訳ない。
「怖い夢をみたのか? ほら、じゃあおいで」
「え?」
レダはそう言うと、ミナの軽い体を自分のほうへ引き寄せて抱きしめると再び寝息をついてしまう。
驚いたミナだったが、彼の暖かい体温と、心臓の音を聞いていると、すぐに睡魔が襲ってくる。
「レダ、ごめんね」
きっと彼には聞こえていない。
そうわかっていたからこそミナは小さく謝罪した。
幼い少女には秘密がある。
いくらレダを信じていようと、信頼していようと、心から好きであろうと、言えないことがあるのだ。
言いたくても言えないのだ。
そんな秘密を抱えながら、一筋の涙を流した少女は、愛しい彼の胸の中で目を閉じるのだった。
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