42「帰還」




「レダさん。私がどうしてこんなに怒っているか、お分かりですか?」




 冒険者ギルドアムルス支店の応接室にて、レダはひとり床に正座していた。


 ここにはミナの姿がない。


 こんな状況になるだろうなと察した冒険者テックスが、ギルド内にある食堂でジュースを奢ってくれると連れて行ってくれたのだ。


 実にありがたい。レダもこんな情けない姿を、これから家族になろうと一世一代の告白をしようとしている少女の前で見せたくなかった。




「さ、さあ?」


「さあ……ですって!? あのですね! レダさんは依頼を受けて帰還する最中に行方不明になったんですよ! しかもまだ幼いミナちゃんと! 心配してこちらは捜索部隊まで編成したんですから!」


「――そうだった……すっかり忘れてました」


「忘れてた!? どんなことがおきればギルドに、いいえ、町に戻ってくることを忘れて何処かに行ってしまうようなことが起きるんですか!?」




 激昂するミレットにレダは順を追って説明した。


 エルフの家族と出会い、息子のケートを治したこと。


 彼らエルフの集落に多くの怪我人がいて困っていると知ったので放って置けなかったことを。




「……人助けなら私もこれ以上うるさいことは言えません。あれ?」


「あれ?」


「あの、えっと、今、エルフって?」


「言いましたけど?」


「……エルフの集落に行ったって本当ですか? 普通に聞き流してしまいましたけど、エルフが人間の前に姿を表すってありえないと思うんですけど」




 ミレットの驚きは理解できる。


 レダもクラウスたちと出会ったときには驚いたものだ。


 とはいえ、事実であり、割と姿を隠して町にも来ていたことを伝えた。




「……そうだったんですね。しかも、今後は交流を持ってもいいと考えているなんて。これは領主様にお伝えしないといけない案件ですね」


「もしかして、なにかまずいんですか?」


「いえ! まずいわけではありません。むしろ今後の町の発展を考えると非常にありがたいです。うまくいけば、エルフといい関係が築けるんですから。ですが、これは一介のギルド職員には荷が重すぎます」




 長年人間との交流を絶っていたエルフと関わるということは色々と準備が必要のようだった。




「あの、ところで、ですね。色々ご迷惑かけたことは反省しているんですけど、実はお願いがありまして」


「構いませんが、もしかしてエルフに関することですか?」


「エルフ関連です。はい。実は、俺とエルフの戦士たちで集落を襲うドラゴンを倒したんですけど」


「……待って、待ってくださいレダさん。……聞き直しますね。ドラゴンを、倒しましたっていいましたか?」


「倒しました。俺がじゃなくて、エルフたちのみんなで、ですけど」


「レダさんがご無事でよかったです。……あれ、確かレダさんってアイテムボックスのスキル持ってましたよね……まさか、持ってきちゃったなんてことはありませんよね?」


「あははははははは」


「うふふふふふふふ」


「持ってきちゃいました。査定してください!」


「いやぁああああああああああっ!?」




 汗をだらだら流していたミレットはついに叫び出してしまった。




「あ、ああああ、あのねですねレダさん! ドラゴンを査定っていいましたけど、こんな辺境の町のギルドじゃ満足にお値段つけられません!」


「それは困るんですけど! ほら、エルフの集落がドラゴンに焼かれちゃったんで復興にお金がかかるし」


「それは災難だと思いますけど、無理なものは無理ですってばぁ!」


「とりあえず、見るだけ見てくださいよ」


「ですから見たって査定なんかできませんからぁ! あ、そうだ! 王都なら問題なく査定ができますよ」




 その手があったか、とレダは手を叩いた。




「あー、でもレダさんに町を離れられつのは困っちゃいますよね。……わかりました。王都のギルドから査定する人間を呼びます」


「できるんですか、そんなこと?」


「その前に聞いておきますけど、ドラゴンを査定したらギルドに任せてくれますよね?」


「そのつもりですけど」


「だったら大丈夫です。ドラゴンは素材として超一級品ですし、薬にも、魔法関連でも高値で買い取られますから、ギルドだって喜んでやってきますよ」


「よろしくお願いします!」


「えっと、じゃあ、念の為にドラゴンの確認をさせてください。全部じゃなくていいですから、一部なにかを見せてもらえればそれでいいんです」




 それなら、とレダはアイテムボックスに手を突っ込んで、ブラックドラゴンの爪を取り出した。




「翼とかもありますけど、ちょっとでかいんですよ。ここじゃ出しきれないっていうか」


「……ブラックドラゴン……しかも爪の大きさから成体ですね……どのくらいの値段がつくのかはっきりいってわかりませんが、間違いなく遊んで暮らせるレベルの金額になると思いますよ」


「ほとんどはエルフに渡しますよ。でも、その感じだと一部の値段でも相当みたいですね」


「……ええ、私なら旅行して豪遊します。たぶん、そのくらいは余裕かと」




 金銭感覚が狂いそうですね、と苦笑するレダだが、金を自分で使うつもりはない。


 ミナのために使い、貯金しようと思っている。


 お金はいくらあっても困らない。いつかミナにもお金が必要なときもくるだろう。


 そのためにとっておくのだ。




「では、私は王都支店に連絡を取りますね。いつこちらにきてくれるかも不明なので、レダさんは極力町から出ないでください。もし出るとしても、ちゃんと私に連絡をください。いいですね?」


「はい」


「……いろいろ言いましたけど、私だってとっても心配したんです。それに、レダさんをみんなが頼りにしています。もし、この町が嫌になって出て行きたくなったとしても、まず相談してください」




 そんなことはありえないとレダは思う。


 住んでいる人はみんないい人ばかりだ。


 アムルスの町から出て行きたくなるなんてことはないだろう。




「わかりました。そんなことにはならないと思いますけど、もしそうなったら必ず相談します」




 こうしてミレットと別れたレダは、食堂にいたミナと合流する。


 途中、レダを心配して捜索部隊に加わってくれた冒険者たちから「心配したんだぞ」と声をかけられ謝罪していく。


 ミナの面倒を見てくれていたテックスにも、感謝と謝罪のことばを伝え、ミナと一緒に仮住いとしている【髭の小人亭】に帰るのだった。






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