40「その頃ギルドでは」
冒険者ギルドアムルス支店で受付嬢をしているミレットは頭を抱えて唸っていた。
「レダさんとミナちゃんがもう三日も行方不明なんて……なにかあったのかしら……いいえ、なにかあったに決まっているわ」
依頼を終えたレダたちが姿を消して三日が経過していた。
冒険者を護衛につけていたが諸事情からレダたちだけが現場を先に去ったのだが、その後の足取りがつかめない。
現場と町はそう離れていないため、道を間違えることもまずないと考えられていた。
「……気になるのは、道中でモンスターの死骸があったことよね」
当初はモンスターに襲われたのだと思われたが、すぐに違うとわかった。
厄介なモンスターではあったが、確実に倒されていた。しかも、矢、を使ってだ。
ミレットが知る限りレダは弓矢を使わないし、ミナに戦闘ができるはずもない。
そのため、モンスターとふたりは関係ないと判断された。
――となると、結局ふたりはどこにいるのか?
言うまでもなくギルドは大慌てになった。
レダたちと親交がある冒険者テックスを筆頭に捜索部隊までが編成されて現在行方を探している最中だ。
レダには多くの期待が集まっている。
すでに無償で多くの人たちを救った彼の名を知らぬ町民はいない。
町に治療士はいるものの、治療費の相場など無いに等しく、高額な請求なせいでいざというときにも頼れない人が多い。
そんな中、まるで救いのように現れてくれたレダに、感謝と希望があるのだ。
一度は、そんな重荷と、安い治療費しか支払わなかったことから嫌気がさしてしまったのだとも考えた。
はじめこそレダの好意に甘え無償で治療を受けたが、さすがにそれはまずいということでギルドからの依頼ではしっかり料金を払っている。
無論、それでも一般的な治療士の治療代にくらべると十分の一にも満たない額だ。
本来、治療士は儲かる。
その高額請求ゆえ、三日にひとりくらい治療すれば十分すぎる生活が可能だ。
だが、レダの場合は違う。
ギルドの依頼として、怪我した者たちの治療がいくら、という具合だった。
正直、ギルドでも本当にこんな対応でいいのだろうかと恐る恐るだった。
そこにこの失踪事件だ。
ミレットは慌てて王都に戻ったのではないかとギルドだけが試験的に利用できる魔法通信機を使って、レダが所属していたギルドの王都支店へ連絡をとった。
幸いというべきか、彼を担当していた職員セイラは、ミレットの友人であるため話はスムーズに進んだ。
「……でもまさかレダさんの扱いが、王都であんなに悪かったなんて」
聞かされたのは決していい話ではなかった。
レダ・ディクソンは二十代半ばで冒険者になった、変わり者だ。
お世辞にも評判がいいとはいえない冒険者パーティーに勧誘され、右も左もわからなかった彼は所属することになる。
その後、回復魔法を使えるということでポーション代わりにされ、雑用係としてパーティーに貢献してきた。
きっとレダの人柄だろう。彼は嫌な顔ひとつすることなくパーティーのために尽くしたという。
そもそもギルドもレダが回復魔法を使えることを割と最近まで知らなかったようだ。
どうも、パーティーリーダーがレダをうまく利用するために「回復魔法を使えることを知られたらいいように利用されるから隠しておけ」と忠告していたらしい。
確かに、ミレットたちがレダに頼ったように、王都のギルドでもレダを利用したかもしれない。
だが、実際に彼をいいように扱ったのは他ならぬパーティーメンバーだった。
セイラもレダが回復魔法を使えることを知ったのだが、彼自身の懇願と、セイラ自身も回復ギルドに所属していないレダが冒険者ギルドにいいように使われるのではないかという懸念から黙っている他なかったという。
結局、レダは、ギルドでは人柄はよく、揉め事を起こすパーティーの調整役として評価されていたらしいのだが、冒険者としての評価は底辺扱いだったという。
話を聞いてミレットはすぐにレダを利用したパーティーメンバーに怒りを覚えた。
が、今はそのパーティーも解散してしまっている。
どうやら解散理由はレダをクビにしたことだった。
Bランクへの昇進を前に、パーティーリーダーはFランク冒険者のレダを切り捨てていた。
だが、ギルド側はレダ込みでパーティーをBランクに昇格させようとしていたのだ。
その場合、自然とレダもDランクに上がっていたはずだった。
しかしそうはならず、レダはクビになり、ここアムルスの町にやってきた。
「馬鹿よね……レダさんに頼っていたくせに、彼のありがたみを理解していなかったなんて」
パーティーが解散となった大きな理由は、借金だった。
一般的な冒険者たちは、怪我を予測してポーションを用意する。しかし、レダが所属していた「漆黒の狼」は今まで回復魔法があるからと彼任せだった。
回復役が抜ければポーションが必要だ。
「漆黒の狼」の面々は、レダがいるから防御が疎かだったらしい。
ある意味、レダの存在に安心していたのだろう。
だが、彼がいなくなってもそれは変わらず、怪我ばかり。
ついにはポーションでは回復しない傷を負うようになり治療士の世話になることとなる。
そんなことが続き、高額な治療費を払えなくなった。
借金を背負うことになったパーティーの面々は、レダをクビにしてからわずか数日で借金から逃げるために解散したという。
現在では、借金回収のためギルドに捕縛依頼が届いており、手配書までが出回っているらしい。
「……でも結局、レダさんは王都にいなかったのよね」
レダに不当な扱いをした面々が最悪の結末を迎えたことに胸が晴れるも、肝心な彼が見つからなければ意味がない。
この三日で、ギルドは大いに反省している。
もっとレダの扱いをよくするべきだった。彼に甘えるべきではなかった、と。
悪意こそなかったが、甘くお人好しな彼の優しさに付け込んで利用する形になっていたことを悔いていた。
彼さえ戻ってきてくれれば、彼のために診療所を立てる計画さえあがっている。
もちろん、治療費だって法外ではないがしっかりともらえるよう考えられていた。
もっとも、彼がアムルスに戻ってきてくれなければそれも意味がない。
そもそも、診療所を立てる計画だって、彼がいなければ伝えようがないのだ。
「どうか戻ってきてください、レダさん、ミナちゃん!」
ミレットにとっても、レダたちは家族の恩人だ。
満足に恩返しをしていないのにこんな別れかたでは嫌だと思う。
ギルドの受付嬢としてではなく、ひとりの人間としてレダたちとの再会を願った。
そんなときだった。
「おいっ! レダの野郎が見つかったぞ!」
「――え?」
捜索部隊を率いていたテックスがギルドに乗り込んで、大声でそう言った。
ミレットは椅子を蹴りとばして立ち上がると、弾かれるようにギルドの外へと飛び出す。
そしてそこには、
「あ、ミレットさん」
「……こんにちは」
先日見たときと変わらない人のよさそうな笑顔を浮かべるレダと、彼と手を繋ぎ控えめだけど小さく手を振ってくれるミナの姿があったのだった。
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