39「宴と報酬」
その日、エルフの集落の広場では宴が開かれていた。
理由はもちろん、ブラックドラゴンを倒したことだ。
集落と森の一部は焼けてしまったものの、レダの回復魔法のおかげで人的被害はなかったことが住民を大きく喜ばせた。
ブラックドラゴンを倒すのに一役買ったレダは集落で英雄として扱われ、娘と勘違いされているミナと一緒に長とヒルデガルドとともに上座に座らされ、飲めや食べろやともてなされていた。
「……やべ、飲みすぎた」
「もうレダったら」
愛飲している人間の酒とは違うエルフの果実酒に酔いながら、レダは夜風を浴びて気持ちよさそうに目を細めた。
腹も膨れ大満足だ。
なによりも、ずっと底辺冒険者だったレダにとって、こうも多くの人たちに感謝されもてなされたことは少なかった。
覚えているだけでも、アムルスの町にたどり着く前に寄ったモルレリアという小さい村でモンスターと戦った青年たちを治療したときくらいだ。
(パーティーを組んでいるときだって、人の役に立つような仕事ってしてなかったからなぁ)
良くも悪くも、以前は自分本位の依頼を受けることが多かった。
報酬を目当てに、しかし、できるだけ楽な仕事を。
無論、人間なのだから楽をしたいし、よい報酬だってもらいたいと考えるのは悪いことじゃない。
だが、レダは不満を覚えていた。もっと人の役に立ちたい、と常々考えていたのだ。
レダはかつて冒険者に助けてもらった過去がある。
ゆえに、同じような冒険者になりたいと夢見ていた。
残念なことに、冒険者となって数年、うだつの上がらない日々を過ごしたが、ようやく報われた気がした。
(それにしても俺にあんなに魔法を使える才能があったなんて知らなかった……以前は、ポーション代わりだったからなぁ)
自分でも驚いているのが、ドラゴンの翼を切り落とした一撃だ。
魔法は以前から使えた。しかし、ここ数日のレダの魔法は目を見張るものがある。
(前はここまでじゃなかった気がするんだけど……成長期、には遅いはずだよな)
思えば回復魔法も回復力が増した気がしていた。
大怪我を負った人を治療したことがなかったこともあるが、初歩の「回復」でたくさんの重傷者を治せたのは、当時は考える暇がなかったが思い返せば驚きしかない。
回復魔法の勉強だって、アムルスのギルドの好意で最近始めたばかりだ。
――俺になにか変化が起きたのか?
悪い意味ではない。むしろいい変化だ。
だが、きっかけがわからないというが少し不安でもある。
強いて言うなら、ミナと出会ったことくらいだが、少女との出会いてこうも変化が起きるとは思えなかった。
しかし、自覚のある変化もある。
ミナのことだ。
出会い保護者となることを決めた。
それは幼い少女を放っておけない大人の都合だった。
ある意味、自己満足といってもいい。
だが、今はちょっと違う気がする。
ドラゴンと戦ったとき、レダはミナのもとへ帰りたかった。
彼女と過ごした短い日々が、三十年の人生で一番充実していたかもしれない。
ミナが笑えばレダも笑う。ミナが喜べばレダも嬉しくなる。
(……父親、か)
何度か間違われているうちに面倒になって訂正しなくなった。
わかる人には、レダとミナが似ていないから親子ではないことに気づけるし、訂正する度に変に勘ぐられることもあって鬱陶しく思うこともあった。
最近は、仲がいいから血のつながりこそなくても親子だと守られることもあり、ミナも言われて否定しないで笑顔を浮かべることが多いと気づいていた。
では、レダに父親の自覚があるかと問われると、わからない。
ただ、今まで父親らしいことをしてあげたかと考えると、否だ。
子供の世話をしたことはあるが、こうやってひとりの少女と一緒に暮らすのなんてはじめてだ。
新しい街で、新しい生活、覚えること学ぶことばかりに日々。
彼女との生活は新鮮で楽しいが、もっと気遣うことがあったんじゃないかと思う。
(俺って……駄目駄目だな。もっとミナのことを考えてあげなくちゃ)
「レダ? どうしたの? そろそろねむい?」
「あー、どちらかというと飲みすぎたかも」
「もう! レダいつもおさけばっかり!」
「申し訳ないです」
「ほっほっほ、微笑ましいですのうお客人よ」
レダとミナのやりとりに、近くにいたエルフの長ドルドが微笑んで話したかけてきた。
「どうやらお客人……いえ、英雄殿も娘には頭が上がらないようですな」
「……はははは、お恥ずかしい」
苦笑するレダの前にドルドは膝を着き、深々と頭を下げた。
「この度は、本当に感謝致します。ヒルデガルドの治療をしていただいただけではなく、ブラックドラゴンと戦ってくださった。レダ殿は、我がエルフの友人だ」
「顔をあげてください。俺だって、この集落に守りたい人がいましたから」
「レダ殿のおかげで、きっと集落は変わっていくでしょうな。無論、この私めも。我らエルフは人間と交友を持とうと決めました」
「……いいことだと思います」
「ありがとうございます。もっとも、その一番の理由はブラックドラゴンの遺体を人間に買い取ってほしいという欲からですが。ですが、レダ殿のような方がいるのであれば、きっと人間たちと手を取り合っていけると我らは信じております」
「俺も、人間とエルフが助け合えることを願っています」
倒したブラックドラゴンは傷こそ多くても、その価値はあまりにも高い。
エルフだけでも武器や武具の素材として十分すぎるほど価値はあるのだが、人間にとってはそれ以上だ。
ギルドに持ち込めばオークションでこれ以上ない値がつくはずだ。
エルフたちはその資金を集落の復興に当てたいと考えているようだ。
そのためには人間と関わらなければならないが、そこは前向きに考えてくれるようだ。
「実は、お願いもございます」
「俺でよければなんなりと」
「レダ殿は冒険者としてギルドに所属しているとか?」
「ええ。そうですけど」
「ぜひギルドのどなたかを紹介していただきたいのです。ブラックドラゴンを売りたくてもツテがないのです」
「なるほど、俺でよければ喜んで力になります」
「おおっ、感謝致しますぞ! ときに、報酬のお話ですが……」
報酬、その言葉は出てくるとレダは無意識に身構えた。
レダの根本には誰かのために役に立ちたいという思いがある。
報酬は二の次、とまでは言わないが、ドラゴンという天災に襲われた集落からもらうのはいかがなものかと考える。
「俺は――」
「いらぬ、などと言うなよ」
レダの言葉を遮ったのはヒルデガルダだった。
少々ほろ酔い気味の彼女は、ミナの頭を撫でてから、長の隣に腰を下ろす。
「お前が善意で私たちに力を貸してくれたことは誰もが知っている。だからこそ、その感謝の印を示したい。もっとも、今の集落に金がないため、ブラックドラゴンを売り払って作る金の何割かを渡す形にはなるだろうがな」
「――うわぁ」
どのくらいの値がつくのか不明だが、高額には間違いない。
その一割をもらっても、しばらく金には困らない結果になるだろう。
「言っておくが、断らせるつもりもない。お前のその慎ましいところは美点かもしれない。好感も、まあ、なんだ抱いている。だが、お前は親だ。血の繋がりがなくとも、保護者である以上、ミナの親なのだ。金があって困ることもあるまい」
「――っ」
頭を殴られた気分だった。
そうだ。ミナのこれからを思えばお金があって困ることはない。
今は一緒に依頼を受けているが、いずれは学校だっていかせてあげたいと考えてもいた。
そのためにやはりお金は必要だった。
(俺ってやっぱり保護者としての自覚がなかったんだな)
内心落ち込みながら、指摘してくれたヒルデガルドに感謝する。
「報酬を受け取ってくれるな?」
「――ありがたく頂戴します」
レダが保護者として、親として、一歩成長した瞬間だった。
「ま、まあ、なんだ。金だけ渡しておしまいというのもエルフの友への報酬としては少々足りぬ気がする。それに先の話になってしまうしな。そこで、今すぐ渡せるものを報酬として渡したい」
「気持ちはありがたいけど、いいのかな、そんなに?」
「かまわんさ。なにせ、報酬はこの私! ――ヒルデガルドだ!」
「――はい?」
「いずれミナも年頃になっていけば父親に相談できぬこともでてくるだろう。そんなとき必要なのはやはり母親だ。つまり! 私がママになってやろう!」
平たい胸を張る少女に、
「ママ!? なにそれ!?」
レダは悲鳴をあげるのだった。
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