38「おっさんはエルフたちとドラゴンと戦う」②
「……ば、馬鹿な、ブラックドラゴンの翼を切り落としただと!?」
咆哮を上げ、地面に落ちてくるブラックドラゴンを目にし、ヒルデガルドが目を丸くする。
レダが回復魔法に優れていることは知っていた。
ドラゴンと戦う度胸も、出会ったばかりのエルフを守ろうとする気概があることも、だ。
しかし、まさか、黒竜の片翼を魔法の一撃で切り落とすことができるとは想像もできなかった。
――なんという人間だ! こんな人間、いいや、こんな男は見たことがない!
ぞくり、と身体の芯が震えた気がした。
戦闘中だというのに頰が熱い。
空を睨みつけるレダをいつまでも見つめていたい衝動に駆られる。
――駄目だ! 今は戦場だぞっ、ヒルデガルドっ! しっかりするんだ!
自らの頬を叩き、ぼうっとしてしまった己を叱咤すると、自分と同じく唖然としている同胞たちに声を張り上げた。
「まだ戦闘は終わっていないぞ! ドラゴンが地に落ちてくるのなら好都合だ! いっきに畳み掛ける!」
「お……おぉおおおおおおおおおっっ!!」
少女の声に戦士たちが正気を取り戻し、それぞれ雄叫びをあげて武器を構えた。
次の瞬間、轟音を立てて地面に墜落したドラゴンに、エルフたちはいっせいに攻撃をした。
※
――ふっ、と力が抜けた瞬間、レダは自分のしたことに目を丸くした。
(ちょ、えぇえええええええ!? ドラゴンの翼を切り落としちゃったんだけど!?)
先ほどまでの強い意志も、研ぎ澄まされた精神も、すべて元に戻ってしまった。
まるでそう、一時的に別人になってしまったような感覚だ。
「レダっ! お前がどうしてそんな力を持っているのかは今は問わない! だが、しゃんとしていろ――くるぞ」
「――っ」
ヒルデガルドの声にハッとした刹那、轟音を撒き散らしてドラゴンが墜落した。
森の木々を押しつぶし、砂埃を立て、地面と巨体が激突する。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
片翼を奪っただけで死ぬことはないだろうと思っていた。
地面に巨体をぶつけても、ダメージこそあっても死を与えられないだろう。
しかし、
「はっ! ざまあない! あのドラゴンを見てみろ、愚鈍な巨体を上手く制御できなかったのだろう、木々に貫かれているぞ!」
ヒルデガルドがざまあみろと言わんばかりに嘲笑した通り、ブラックドラゴンは数本の木々によって体を貫かれていた。
そのせいで巨体を満足に動かすこともままならず、ただ咆哮をあげるだけ。
「尾とブレスに注意しろ! この戦い、勝つぞ!」
「うぉおおおおおおおおおおお!」
エルフの戦士たちがいっせいに矢を放ち、槍を投げる。
一撃一撃が上級魔術に匹敵する攻撃が、次々とドラゴンに血を流させ、ダメージを確実に与えていく。
だが、ドラゴンもただやられているばかりでは終わらない。
その巨体は動かずとも、尾を勢いよく動かし戦士を薙ぎ払う。
ブレスを放とうとして喉を大きく膨らませる。
「させるものかぁああああああ!」
弓を構えたヒルデガルドが渾身の魔力を込めた矢を放つ。
一直線に放たれた矢は吸い込まれるように、ブラックドラゴンの右目を射抜いた。
つんざくような絶叫が響き渡る。
「ドラゴンはまかせろ! あと少しだ! レダは負傷した戦士たちを頼む!」
「任せてくれ!」
ドラゴンに薙ぎ払われた戦士たちのもとに走り、片っ端から回復魔法をかけていく。
致命傷はいなかった。
無論、死んでいるものもいない。
せいぜい、手足がおかしな方向に曲がっているくらいですんでいたので、簡単に治せた。
その間にも戦闘は終盤にさしかかってく。
眼球を潰され、矢を体内に侵入させたブラックドラゴンは、痛みに悶え苦しんでいる。
本来なら痛みに任せて暴れたいはずだが、木々が槍のように体に突き刺さっているためそれもできない。
徐々に力が失われ、ドラゴンの体がおとなしくなっていく。
すでにドラゴンは死に体だった。
放置しても時間が経てば死を迎えただろう。
しかし、ヒルデガルドはそれを許さなかった。
「よくも集落を襲ったな! 我々が貴様になにをしたというのだ! 忌々しいブラックドラゴンめっ、我らの怒りを思い知れ!」
矢を弓に番え、渾身の魔力と力を込めて引きしぼる。
空気を弾く音とともに放たれた矢は、風を切り裂き一筋の光となって、ブラックドラゴンのもうひとつの目を射抜いた。
絶叫さえ上がらなかった。こわばっていた体が弛緩し、地面へと倒れる。
眼球を貫かれ、矢が脳まで達したブラックドラゴンは、ついにその命を絶たれたのだ。
「ブラックドラゴンは、このヒルデガルドと、レダと、戦士たちで打ち取ったぞぉおおおおおおお!」
勝利の雄叫びをあげるヒルデガルドの声が森中に響いた。
攻撃を続けていた戦士たちはぴたりと手を止めた。
ゆっくりと周囲の同胞たちと顔を見合わせると、少女に続くようにブラックドラゴンの撃退に喜び叫ぶのだった。
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