37「おっさんはエルフたちとドラゴンと戦う」①
避難に向かうケートとエディートを見つけ、ミナを預けたレダはヒルデガルドをはじめとするエルフの戦士たちと共にいた。
「強きエルフたちよ! 敵は集落を燃やした憎くきブラックドラゴンだ! 恐れるのはわかる。私も正直言えば怖い。だが、私たちが逃げたら誰が集落を、仲間を守るのだ!」
上空を旋回しているブラックドラゴンを前に、ヒルデガルドが声高々にエルフたちを鼓舞する。
「今回は治療士たるレダもいる! 死ななければ癒してもらえる! それだけで心強い!」
「……あははははは。頑張ります」
まさか自分の名を出されるとは思わなかったレダに視線が集まり、彼の緊張が一気に高まった。
しかし、ここで逃げ出す気など毛頭ない。
集落にはミナもいるのだから。
「今度こそ我々は負けぬ! 勝利を我らの手に!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおっっ!」
剣を掲げ叫んだヒルデガルドに同調した戦士たちが雄叫びをあげた。
戦う準備はできた。
あとに引くことはもうない。
「弓隊構え!」
――ざっ、と足音を鳴らして、戦士たちが列をなして弓を掲げる。
狙うのは上空のブラックドラゴン。
戦力では大きな差があるが、数ではエルフが上だ。
勝敗がどうなるかはわからない。
一度は敗北したため、戦士たちにも警戒が浮かんでいる。
そう簡単に敗北しないだろう。
「レダ」
「ああ」
「人間のお前を巻き込んでしまったことすまないと思っている」
「俺から戦うって言ったんだけどな」
「それでも、だ。だが、貴重な回復役がいてくれることが心強い。感謝もしている。生きて帰った暁には、集落中から報酬を集めてお前に渡そう」
「そりゃ楽しみだ」
そんな軽口を叩き、レダとヒルデガルドは頷きあった。
そして、
「開戦だ! 矢をはなてぇええええええええ!」
少女エルフの掛け声を受け、いっせいに戦士たちが矢を放った。
ひゅんっ、ひゅんっ、と音を立てて矢がブラックドラゴンを襲う。
森の民、狩猟族、様々な呼び名があるエルフたちの戦士の矢には魔力が込められていた。
どこまでも遠くの獲物を射抜くことができるように、一撃で敵を仕留められるように、様々な工夫がされている。
だが、今、エルフたちはそれらを捨て、ただ敵を倒すためだけに全力を注ぐ。
そのため、矢の一撃は、人間でいうところの上級魔術に匹敵する威力を持っていた。
いくらドラゴンとはいえ、そのような矢の群れを身に食らえばただですむはずがない。
「ギャアァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
矢が鱗を貫通し、肉に届くと上空でドラゴンが叫び声をあげた。
身体中に矢を受け、血を流す黒竜にエルフたちが畳み掛けようと、さらなる矢を放っていく。
「ここまでは前回と同じだ! 油断するなよ! とにかく撃ち落とせ!」
上を取られていればいずれ不利になることは言うまでもない。
エルフたちは、まずドラゴンを地上に落とすことを優先した。
だが、ドラゴンとてそのくらいのことは予想していたのだろう。
落とされてたまるものかと、翼を薙ぎ矢を撃ち落とし、鋭い牙が並ぶ顎から灼熱のブレスを放ちはじめた。
「ブレスだ! 一同、障壁を展開しろ!」
ヒルデガルドの号令に従った戦士たちが、身を寄せ合い障壁を展開して重ねた。
無論、レダも障壁の下に身を隠す。
次の瞬間、灼熱の炎がドラゴンから放たれた。
「ぐぅっ、なんだよこれっ、障壁で阻んでいるのに熱すぎだろ!?」
十数人がかりの障壁のおかげで炎がレダたちに届くことはなかったが、熱までは阻めない。
火傷しそうな熱さが容赦なく襲いかかりレダは悲鳴をあげた。
「……これが、ドラゴン」
炎が収まり、自身が生きていることを確認しながら、レダは唖然と呟いた。
種族としての力が違いすぎる。
(――こんな敵に俺たちは勝てるのか?)
弱気になって、勝利へ疑問さえ浮かんでしまった。
胸が痛む。
二度とミナに会えなくなってしまうかもしれないと考えただけで呼吸が止まりそうになる。
まだ僅かな日々しか過ごしていない。
彼女とはこれからだ。
まだ保護者としての自覚もほとんどなく、らしいこともしてあげていない。
なのに、もうこんなところで終わってしまうのか、と思うと死んでも死にきれない。
(――俺はこんなところで死ねない。死ぬわけにはいかない!)
その強い想いが、まず恐怖を消した。
次に、レダの体内の魔力が高ぶっていく。
限界など知らぬとばかりに、これでもかと高まり続ける。
(――あんな空飛ぶトカゲに負けてたまるか! 俺は、帰るんだ!)
自分でも信じられないほど感覚が研ぎ澄まされた。
三十年生きてきてこんなことははじめてだ。
まるで重石をつけられた枷が外されたような、軽さを覚えてしまう。
(――不思議だ。いまならなんだってできそうだ)
冒険者としてうだつの上がらない日々を生きてきた。
パッとしない冒険者としての日常は、お世辞にも楽しかったとは言えない。
だが、ミナと出会ってから一変した。
回復魔法が優れていると知った。
それなりにしか戦えないと思い込んでいたのがそうではないとも知った。
――ならば自信を持とう。俺にはできると信じよう。
ぎゅっと手のひらを力強く握って、レダは障壁から出ていく。
「おい!? レダ!? いつブレスがくるのかわからないのだぞ! なにをしている!?」
慌てたヒルデガルドに微笑んで大丈夫だと頷いてみせると、レダはブラックドラゴン目掛けて魔力を一気に解放した。
「お前を倒して俺は帰るんだ! あの子のもとへ!」
その刹那、高密度の魔力から放たれた風の刃が黒竜の翼を切り落としたのだった。
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