36「戦う決意」




「ふざけるなっ、せっかく立ち直りかけていた集落をっ、よくもっ!」




 外に出たレダたちは、集落を焼く炎に絶句していた。


 集落を覆う木々と、住居が燃えて黒煙をあげている。


 先日、エルフたちが集落を立て直そうとする姿を見ていただけに、ブラックドラゴンに憤りを覚える。


 とくにヒルデガルドの怒りは明確だった。




「我々がどんな思いで、燃えた家を直したと思っているのだ! それをまたっ、おのれぇ!」




 今にも飛び出さんとするエルフの少女をレダが後ろから羽交い締めにした。




「こらっ、いくら私が魅力的だからといって抱きつくな! 場をわきまえろ、仮にも娘の前だろう!」


「そんなことが言えるならまだ頭に血が上りきっているわけじゃないってことだよね?」


「うるさい! いいから私を離せ! ドラゴンと戦わせろ!」


「はいそうですか、って、できるわけないでしょうが……」


「いいから離せっ! そもそもお前たちには家で中で隠れていろと言ったではないか! なぜ外に出ている、ミナまで連れて……大馬鹿者が!」




 じたばたと足を蹴りながら抵抗を続けるヒルデガルド。


 本当に手を離せば、猪突猛進にブラックドラゴンに突っ込んでいくだろう。




 幸い、まだ集落を燃やす炎もエルフたちの手で鎮火できるレベルだった。


 子供を連れた大人たちも、避難している。


 エルフの戦士たちは弓を構え、いつでも戦おうと上級を旋回しているブラックドラゴンを睨みつけていた。




「おねーちゃんのこと心配だったから……ごめんなさい」


「謝ることではない。だが、私のせいでお前たちになにかあれば申し訳がないのだ。わかってくれるな?」


「うん」


「ならば避難するといい。私なら大丈夫だ。レダのおかげで体は回復しているから心配せずともよいのだ」




 ミナの声に冷静さを取り戻したことを確認すると、レダはヒルデガルドの小さい体を地面に下ろした。


 彼女は仕返しとばかりにレダの足を軽く蹴る。




「お前たちには感謝している。もう一度、あの忌々しいドラゴンと戦わせてくれる機会を与えてくれたのだ」


「……負けることが怖くないのか? 次は死ぬかもしれないだぞ?」


「私が戦わずして誰が戦うのだ。私は集落で一番の戦士だぞ!」


「だからって」




 彼女が戦士であることは知っている。


 しかし、ミナとあまり年の変わらないように見えるヒルデガルドに戦って欲しくない、そうレダは思ってしまった。




「なに……最悪、私がまた焼かれてしまったらお前に治療を頼もう。あれだけの力があるのなら、死なせることはないのだろう?」


「だからって特攻を許せるはずがないだろ」


「私も考えなしに戦うわけではない。次こそ、あの忌々しいトカゲを地に這わせてやろう」


「なら俺も戦うぞ」


「――は? お主、正気か?」


「レダ!?」




 突然すぎるレダの宣言に、ヒルデガルドが唖然とし、ミナが悲鳴をあげた。




「お前はなにを言っておるんだ! 治療士になにができる!?」


「別に回復魔法しかできないわけじゃない。少しは戦える」


「少し、でなんとかなる相手ではないのだぞ!」


「そんなことはわかっている!」


「ならば!」


「俺が戦場にいれば、傷ついた人をすぐに治せる」


「――っ、それは、そうだが」


「俺は確かに、弓も矢も使えない。剣だって子供の遊戯程度だ。だけど、魔法が使える。攻撃だってできる。足手まといになったりしないと約束するよ」


「……ぐぅ」




 強い意志を感じさせるレダに、ヒルデガルドは言葉を見つけられなかった。


 レダは、唇を噛んで心配してくれるミナの前に膝をつくと、彼女をそっと抱きしめる。




「みんなのことを、ミナのことを守りたいんだ」


「……レダ」


「心配しなくていいよ。俺はミナをひとりにはしないから。必ず無事に戻ってくる。だから安全なところに避難していてほしい」


「やくそくだよ? ぜったいに、ぜったいに、げんきでかえってきてね?」


「ああ、約束だ」




 ぎゅうっ。ミナの腕が力強く首に回された。


 少女の体温と匂いをしっかり感じながら、集落のためだけでなく、この子のためにもドラゴンと戦おうと決意を新たにする。




「いってきます」


「きをつけてね、レダ!」




 中年冒険者から名残惜しそうに体を話した少女は、精一杯の元気を見せてくれた。


 それだけでレダは誰とだって戦える。


 そんな気がした。








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