34「エルフの事情」①




 すっかりミナへ心を許してしまったヒルデガルドは、自らの膝に少女を乗せてご満悦となっていた。




(お姉ちゃんっていうよりも、ほしかったぬいぐるみをもらった女の子って感じに見えるのは俺の気のせいかな?)




 灰色のエルフのかわいらしい一面に、レダの心が温まる。




「……もしやと思うが、私をミナと同じような少女扱いしているのではあるまいな」


「き、急になにかな?」


「目つきがそんな感じじゃ」


「――気のせいだよ。うん」


「本当か? 怪しいのだが……」




 ヒルデガルドの外見年齢はせいぜい十四、五歳だ。


 三十路のおっさんが子供扱いしてしまうのも無理はない。


 たとえ実年齢だけをみたらレダのほうがはるかに年下であったとしても、だ。




(子供にしか見えない子を年上扱いしろというのが難しいんだけど)




 クラウスのように外見がしっかり大人ならば相応の態度をとることができる。


 しかし、ヒルデガルドの外見はもちろん、ちょっとした仕草などがどうしてもミナとあまり年齢の変わらない少女にしか見えないのだ。




「……まあ、私が子供扱いされるのは今更だし、もう諦めているのだが……それでも不満だ!」


「あ、集落でも扱いは同じなんだ」


「私は成長が遅いエルフの中でも、さらに遅いらしい。まったく。仮にも集落一番の戦士だぞ。かわいがってくれるのはありがたいが、もっと尊敬と敬意を抱いてもらわなければならぬ!」




 どうやらエルフたちのヒルデガルドの扱いも、レダとそう変わらないらしい。


 エルフの少女は頰を膨らませて不満を口にしているが、その仕草がやはり子供のようで愛らしさを誘った。




「一応、言っておくが……私は三百十六歳なのだからな。三十ほどしか歳を重ねていないお前など、私からすれば子供だ」


「ヒルデおねーちゃんすごいっ。そんなにながく生きてるの?」


「ふ、ふふん。もっと敬ってもいいのだぞ? もっともエルフにしてみたら三百ほどではまだまだ若いのだがな。長にはあっているだろう? あの人は千年くらい生きているらしいぞ」


「――っ、千!?」


「すごーい!」




 はっきりいって頑張っても百年ほどしか生きられない人間からすれば、その十倍の生は想像できない。


 ヒルデガルドの三百年だって、とてつもなく長く感じるのだ。




「この集落にはいないが、隣の……といっても歩いて一月ほどの距離の場所にある別のエルフの集落の長は二千年生きていると聞いたことがある。実際は知らないがな」


「もう意味がわからないんだけど。千年とか二千年とか想像もできない」


「エルフの寿命だって人間と変わらないのだ。瞬く間に日々は過ぎていく。できることなら、その日々がよいものであってほしいと願うだけだ」




 そんな他愛もない話を重ねていくと、疑問に思ったことはある。


 ヒルデガルドは最初こそ人間であるレダたちを警戒したが、明確な敵意や嫌悪を抱いていない。


 エルフの長でさえ最初は強い警戒とわずかな敵意を感じさせたのに、だ。


 ぶっきらぼうだが礼を言い、気づけばミナを妹分として可愛がっている。


 そもそもエルフがなぜ人間を嫌うのか、詳細は知らない。




(人間がエルフを攫おうとしたっていうのは聞いたけど)




「あのさ、ヒルデ」


「うむ?」


「君たちエルフが人間を嫌う理由ってなんなのか聞いてもいいのかな?」


「……ふむ。集落の恩人だからといってもレダたちは人間。不躾な態度をとった者がいたか?」


「あ、いや、誤解しないでくれ。みんないい人たちだ。最初こそ警戒はあったけど、それだけだよ」


「ならばよかった。恩人に不愉快な思いをさせたくはない。うーん、しかし、人間を好まぬ理由か……言っておくが、あまり気持ちのいい話ではないぞ?」


「それでもよければ聞かせてくれ。知っておきたいんだ」


「レダよ。お前は変わっているな。エルフの事情など放っておけばそれでいいというのに」




 実を言うと、レダ自身、わざわざ首を突っ込んでどうするという思いはあった。


 レダ自身がエルフに何かしたわけでも、されたわけでもない。


 不快な思いをしてはいないし、むしろよくしてもらっている。


 出会ったばかりのエルフは人間を警戒していたし、中には嫌っているような雰囲気を持つ人もいたが、だからといってなにかあったわけでもないのだ。




「私たちエルフという種族が人間を嫌う一番の理由は、昔から人間がエルフを攫おうとするからだ」


「……やっぱり」


「今の時代ではだいぶ減ったが、無理やり拐かされて奴隷にされた仲間もいる。何度、町を襲撃して取り戻したことか。無論、取り戻せなかった仲間もいる」




 エルフは例外なく見目麗しい。


 今、目の前にいるヒルデガルドもまたそうだ。


 幼さこそ感じさせるが、息を飲む美しさを持っている。


 歪んだ性壁を持たずとも、幼さくらい構やしないと思う輩は当然のごとく現れるだろう。


 それだけ魅惑的なのだ。




「もともと人間と交流はあった。しかし、人間は無駄に争う。エルフも何度か戦争に巻き込まれたことも、森を焼かれたこともあった。次第に私たちは人間と距離を置くことをした。そして、森に結界を張り、転移魔法を使うことで、人間には集落の場所を把握できないようにもしていった。気づけば、人間たちも代替わりし、友好関係もなくなっていた」




 今では、正体を隠して近隣の町村で買い付けをする程度らしい。


 エルフは狩猟と織物で生計を立てている。


 食料を森で狩り、身に着ける衣類は自分たちで織るのだ。


 森から薬草を取れば薬もできる。


 人間とは違ってお金を必要としない。自給自足で生活ができるのだ。




「今ではすっかり人間と関係を持つこともない。今回のポーション購入が久しぶりの人間との交流だったのではないか? それもずいぶんと足元を見られたらしく、やはり人間は、と苦言するエルフもいる。まあ、祖父母の代から人間を悪く聞いていたのである意味刷り込まれているというのもあるんだろうな」




 きっと集落に害を与えた人間はもう生きてはいまい。


 エルフたちの足元を見た商人のような人間ばかりではないと信じたい。




「私たちエルフは人間を好きじゃない。だけど、心から嫌っているわけでもないんだ。人間は過去にエルフを攫い、森を焼き、戦争に巻き込んだ厄介な種族。そう警戒しているくらいでちょうどいいのだ。しかし」


「……しかし?」


「ときどき、そんな人間に興味を持つエルフも現れる。集落を出て人間社会で生活をしたいと望む者もいる」


「それは仕方がないんじゃないかな?」




 言い方は悪いが、いつだって変わり者と呼ばれる者はいるだろう。




「私が知る限りでも、十人ほど集落から外へ出ていた。だが、ひとりだけ他のエルフと違った者もいたのだ」


「違うってどういう風に?」


「最初に言っておくが、私は人間は好かんが、なにも種族そのものを嫌っているわけではないぞ。その上で言うが、その者は人間と恋に落ち、夫婦として生きることを決めたのだ」


「おっと……それは」




 変わり者というレベルではないかもしれない。


 世界にはハーフエルフという人間とエルフのハーフも存在するが、稀である。


 レダは話でこそ聞いたことがあっても、エルフ同様にお目にかかったことはない。




「さらに言えば、そのエルフは私の姉だった」


「はい?」


「つまりじゃ。私の姉は、集落を捨てて人間の男と一緒に駆け落ちしたのだ! 私が人間を好きになれない最大の理由は、姉のせいなんだ!」






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