33「エルフの戦士ヒルデガルダ」③




 朝を迎えたレダたちは、果物を朝食に食べさせてもらうと目を覚ましたらしいヒルデガルドに会いにいくことにした。


「おねえちゃんげんきになったかな?」

「なっているといいよな。でも……」

「どうしたの? レダ?」


 白く儚いエルフを思い出し、レダは表情を曇らせる。

 自分よりも年上だと言った、見た目は子供のヒルデガルドの体は間違いなく癒すことができた。

 しかし、再びドラゴンと戦うのだと思うと、心配しかない。


(また怪我をさせるために回復したんじゃないんだけど、な)


 回復前の火傷を思い出すとゾッとする。

 生きていたのは奇跡に近かった。

 ただ回復魔法を使えるだけの、医術に無知なレダにさえそのくらいわかる。

 だというのにまたドラゴンと戦えば、次は火傷ですむかわからない。


「いや、心配だなって思ったんだ」

「レダはおねえちゃんがたたかうのがいやなんだね」

「――っ、そう、だね。よくわかったな」

「だって、しんぱいでしょうがないってかおしてるもん」


 言われて、自分の顔を触ってみるもわからない。きっとレダ自身には鏡を見たってミナの指摘に気づくことはできないだろう。


「心配なんだよ。ミナも見ただろ。あの火傷。きっとまたあの子はドラゴンが襲ってくれば戦うはずだ。集落一の戦士ってことはそういうことなんだと思う。でも俺は……」

「たたかってほしくない?」

「その通りだ。なんていうか、見た目が幼いからとかそういうのじゃなくて……女の子に怪我してほしくないっていうか、なんていうか」


 うまく感情が言葉にならないレダに、ミナは微笑んだ。

 彼の優しさが言葉にして伝わらなくとも、そばにいるだけで十分すぎるほど気持ちで伝わっていた。

 レダ・ディクソンは優しい。

 その優しさにミナは救われていた。


 だから無条件に、レダなら苦しんでいたヒルデガルドを救えると助けてあげることができると思っていたし、これからも彼女が心配ならきっと行動するという確信がある。

 ミナはそんなレダの助けになりたいのだ。


「だいじょうぶだよ、レダ。わたしがてつだってあげる」


 わずかな言葉にたくさんの気持ちを込めて、恩人を元気づけるようにミナは微笑むのだった。




 ※




「きたか……確か、レダとミナだったな。焼ける苦しみに苛まれていたが、お前たちがしてくれたことは覚えている。その、一応、礼を言っておく」


 昨日と同じ場所でレダとミナを出迎えたのは、すっかり回復して顔色のよくなったヒルデガルドだった。

 毛布の上であぐらをかき、エルフ特有の民族衣装を最低限しか身にまとっていない少々はしたない姿をしているものの、目に見える肌には火傷のあとがひとつもないことが確認できた。


(……女の子の肌が綺麗になってよかった)


 不躾な視線を送るわけにはいかず、極力エルフの少女を見ないようにしていたレダだったが、彼女の肌が綺麗に癒えていることだけは確認できて安堵の息を吐き出していた。

 レダの勝手な感情でしかないが、いくら戦士とはいえあのひどい火傷の痕が少女の体に残るのは嫌だったのだ。


「ただ……集落のみんなを治療してくれたことには心から感謝する。ありがとう」

「できることをしただけだからお礼なんて言わなくていいよ」

「むっ、そうはいかんぞ。私は戦士として集落を守るはずが守りきることができなかった。その尻拭いをしてくれたのがお前だ。感謝以外になにをしろというのだ」


 それに、と少女は続けた。


「なによりも死者がでなかった。ポーションを買い付けてくれたクラウスたちにも感謝しているが、それ以上に多くの者たちを救ってくれたお前に感謝している」

「だからそんな」

「レダ、おねえちゃんがおれいをいってるのに!」


 素直に礼を受け取らないレダに、頬を膨らませたミナが注意した。


「はいはい。わかりました。そのお礼を受け取ります。だけどさ、俺は本当にたいしたことをしたわけじゃないんだ。ただ、助けることができるから助けたかった。それだけだよ」

「……ふん。そうやって素直に感謝されていればいいのだ。そなたの娘、ミナにも感謝しているぞ。エルフのために一生懸命手伝ってくれたのを覚えているし、集落のエルフたちもまだ幼いのにいい子だと褒めていたぞ」

「えへへ……ありがと」

「うむ。素直でなによりだ」


 ヒルデガルドに褒められて照れるミナに、ついレダが頬を緩ませてしまう。

 確かに素直が一番だった。

 もちろん、おっさんが素直になったところで可愛くはない。幼い子供だからこそ可愛らしいのだ。


「過去にいろいろあったため人間は好かんがお前たちは特別だ。ふたりには特別に私のことをヒルデと呼ぶことを許そう」

「ヒルデおねーちゃん?」

「うむむ……か、かわいいではないか。その首をちょこんと傾げる仕草がたまらん。私には姉妹も子供もいないし、こんな外見だから戦闘時以外では子供扱い……お姉ちゃんになった気分だ。よし、きめた。ミナには私のことを姉と呼ぶことを許そう!」


 一瞬でミナの可愛らしさに骨抜きになってしまったヒルデガルドに、同じくミナのかわいらしさに震えていたレダは苦笑するのだった。




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