27「エルフとの出会い」①
「今日もたくさんなおしたね!」
辺境の町アムルスで生活をはじめて一週間が経った。
二人の生活は順調だ。
毎日のように回復依頼で町中のみならず、外まで走り回るレダ。
極力彼についていき手伝いをするミナだが、二度ほどお留守番することもあった。
そんなときは、ドーラン親子が営む宿屋【髭の小人亭】に預かってもらい、手伝いをすることもあった。
ミナはできるだけレダと一緒にいたいようで、最近は彼と離れそうになると不安そうな顔をすることもあった。
朝など、レダが少し早めに起きてベッドを開けていると、驚いて探しはじめるという出来事もあった。
懐かれているとは思うのだが、ミナがなにを考えているのかいまいちわからない。
もっともおっさんが年頃の少女の心情をわかるはずもないのだ。
「なんていうか、この町は怪我人が多すぎるよ」
病人がいないだけマシではある。
レダには「まだ」病気の治療はできないのだ。
(魔法書を読んではいるけど、実践する機会がないんだよな)
最近、譲り受けた魔法書には、毒や麻痺などの身体異常を治療させる「治療回復」や、風邪や腹痛くらいなら直すことができる「病回復」というものが載っていた。
ただ、訓練する時間がまったくとれず、眠る前の読書がわりに魔法書を読む程度しかレダには時間がなかった。
(ま、怪我人も病人もいないが一番なんだけどさ)
たとえ自分の出番が減ることになっても、町の人々が元気な方が好ましい。
(……あと、俺の貯金がすごいことになってしまった)
依頼がある以上、依頼料も発生する。
レダはギルドと話し合った結果、軽傷の類は銀貨一枚から十枚。重症の場合は白銀貨一枚からとなった。
これは破格の値段だ。医者にかかるのとそう変わらない。
治療士が最低でも金貨を数枚要求することを考えると比べるまでもない。
レダはこの数日で百人以上の怪我人を回復させてきた。
そこへ出張費をはじめとするもろもろが増されていった結果、今では貯金が五十万イェインほどあった。
二ヶ月はなにもしないで生活できる。
「夕方はどこもいかない?」
「今のところは予定がないから、リッグスさんといっぱいやろうかな」
「むー。レダったら最近お酒ばっかり!」
「お、俺が悪いじゃないから、お酒ばかり品揃えのいいリッグスさんが悪いんだ!」
「……レダってたまに子どもみたいなこというね」
「……ごめんなさい」
ドワーフの酒好きは有名だ。
リッグスも例に漏れず大の酒好きだった。
ただ飲めればいいというわけではなく、味や銘柄にこだわりをみせており、宿屋の食事で提供する酒類も自分が満足したものだけという徹底ぶりだった。
彼はとくにウイスキーなどの蒸留酒系の強い酒を好む傾向があり、ここ何日も店じまいしたあとにレダと一杯やるようになっていた。
(今日も一仕事終えたら美味しいお酒をいただこうかな)
ぐへへ、としょうもない笑みを浮かべるおっさんを、少女がジト目で睨んでいる。
そんな微妙である意味平和な時間が町に戻るまで続くと思われていた。
が、
「ミナ!」
「――え?」
「俺の後ろにいるんだ。血の匂いがする」
突然、嗅覚を刺激したのは血の匂いだった。
毎日のように血と関わる生活を送るレダは、すっかり血の匂いに敏感になっていた。
現在は、アムルスの外だ。
近くにいる商隊に怪我人がいるので助けて欲しいというギルドの依頼を受けていた。
町から一時間ほどの場所で動けずにいたのは、モンスターと交戦したからだ。
荷物も散乱してしまったこともあり、商隊は野営することとなったようだ。
レダも誘われた。明日一緒に帰れば、時間の都合で護衛がいないレダたちも安全だという配慮だったが、丁重に断った。
いつ緊急の依頼がくるかわからない。
ここ数日で夜遅くや朝早くに起こされたことがあったため、できる限り町にいようと思っているのだ。
あと、なるべくミナにはベッドで眠って欲しいという保護者的な願望もあった。
(……しまった。商隊と一緒にいたほうがよかったかもな)
選択肢を間違えたかもしれないと思うも、この先に怪我人がいるのなら放置はできない。
(モンスターと死体だけでしたってオチにならないことを祈ろう)
「……レダ」
「大丈夫。ちょっと様子をみにいこう。危険だったらすぐに引き返そう」
「うん」
レダも少なからず戦える。
アムルスの町周辺のモンスターは、数が多いため負傷者がよくでるものの、そう強いモンスターではない。
(とにかく慎重に!)
ミナの手をしっかり握り、街道を進むと、見つけた。
「……これは」
「まっかなトラ?」
地面には真っ赤な毛皮を持った大型のトラが倒れている。ルビータイガーというモンスターだ。
その数は三体。
すでに絶命しているようで動かない。
体のいたるところから矢を生やしていて、それが致命傷だとわかった。
すぐ近くでは、倒れている子どもと懸命に声をかける親らしき男女。
「レダ、いこう!」
「ああ、俺の出番みたいだ」
ミナに促されて足を早めると、血の匂いの正体は倒れている子どもが負傷しているせいだとわかった。
「おい! 大丈夫か! ――っ」
レダは声をかけて、驚いた。
それは彼らの容貌があまりにも珍しかったせいだ。
美しい人形のように整った容姿、絹糸のような髪、そしてとがった耳。
「あんたたち、エルフか?」
「えるふ?」
「間違ってたら悪い。俺はエルフを見るのは初めてなんだ。と、その前に、俺はレダで、この子はミナだ。近くにあるアムルスの町に住んでいる。よかったら、その子の怪我を治させてくれ」
相手を警戒させないように友好的な笑顔を向けて近づくレダへ、
「我らに近づくな人間めっ」
エルフは弓を構えて睨みつけてくるのだった。
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