26「見ていた者」
「ふぅん。あの子ったら、とってもたのしそうなんですけど」
レダたちが撤収していく姿を、そびえ立つ大木の枝に腰をかけて眺めている少女がいた。
年齢は十五歳に届かないくらいだ。
褐色の肌と伸ばしたシルバーブロンドの小柄な美少女だった。
体型に凹凸は少ないが、足は長く、細身ながらスタイルがいい。
将来はスレンダー美人になること間違いない。そんな印象を抱かせてくれる。
「あたしから逃げ出してどこにいるのかと思えば、あんなおじさんと一緒なんて……趣味わるーい」
黒を基調にした肌に張り付くボディスーツのような戦闘衣は、ところどころ肌が露出していて、刺激的だ。
大人と子供の狭間にいる美少女が、身体のラインを強調させ、肌まで見せているのだ。
たとえ、そちらの性癖がない男でも、つい生唾を飲み込んでしまいそうな光景だった。
「一週間前に急にいなくなったと思って探してあげていたのに、やっぱりあいつらが言ったように逃げ出したのね」
ぎしり。
少女の小さな手が、太い枝を握りつぶしてしまった。
きっと見ていた人間がいれば、彼女の細い指のどこに、そんな力があるのかと驚いただろう。
「あいつらを裏切ったことはどうでもいいわ。どうせ仲間でも家族でもなんでもないんだから」
でも、と少女は虚空から大ぶりのナイフを一本取り出して木の幹に力任せに突き立てた。
「あたしのことを裏切ったことだけは許さないわ。絶対に、絶対に許してあげないんだから」
口調こそ拗ねたようにかわいらしいものだったが、少女の瞳には憎しみの炎が宿っていた。
「あーあ、早く会いにいきたいけど、片付けなきゃならない仕事があるのよね」
少女にとって優先順位は決まっている。
しかし、思うがまま行動するほど自由はないのだ。
それを不満に思うし、いつか逆らってやるとも決めている。
わかっているのは、今はまだそのときではないといことだけ。
「さくっと仕事片付けて殺しにいくからね」
少女は、男と手を繋いで楽しそうにしているミナに向かってウィンクをすると、枝を蹴って跳躍した。
常人ならば地面に真っ逆さまであるはずが、少女は軽やかに木々を蹴り、枝に捕まり、小動物のように移動していのだった。
「待っててねぇ、――ミナ。あとすぐにお姉ちゃんが、その楽しそうな顔を絶望に変えてあげるから」
少女――ミナの姉はそう笑うと、森を軽やかに移動していくのだった。
※
「――っ」
ミナは、誰かの視線を感じ、背筋を震わせた。
跳ねるように辺りを見回すも、周囲にはレダたちだけしかいない。
(……あれ? でも、いま、だれかの目をかんじたのに……)
見られているのではなく、敵意を持って睨まれている感覚。
かつて、毎日のように向けられていたものだったために、間違っていないと考える。
(でも、みんなは、レダはそんな目をわたしにむけない)
むしろ、暖かく穏やかな瞳を向けてくれる。
彼の瞳は暖かくて、気持ちよくて。そんな彼に撫でてもらえるのが、ミナはとても好きだった。
(いやなよかんがする、かも)
普段、人見知りなのは、視線などに敏感だからだ。
レダは例外だが、ミナはあまり注目されることを好まない。
誰かの視線に晒されないように、気配を消すことを教えられてきたため、視線から逃れようとする癖がある。
そんなミナだからこそ、誰かの敵意ある視線に気づくことができたのだが、誰が自分を見ているのかまではわからなかった。
(もしかしたら……ううん、そんなことない。ちがう。ぜったいにちがうもん)
脳裏によぎった考えを必死に否定し続ける。
(……でも、いやな予感がするよ)
「どうした?」
「え? なんで?」
「なんでって、なにか不安そうな顔をしていた気がするんだけど、俺の気のせいかな?」
ミナはレダに抱きつきたくなった。
だった時から、彼は優しい。そして、口に出さずとも、いつも気づいてくれる。
今だって、自分の変化に目ざとく感づいてくれたのだ。
「なんでもないよ。レダは心配性だね」
「そっかなぁ。まあ、俺の勘違いならいいんだけどさ」
少女は嘘をつくことを謝罪する代わりに、彼の手を精一杯強く握った。
彼はこちらを見て笑顔を浮かべると、大きな手で握り返してくれる。
(かみさま……おねがい。おねがいだから、レダといっしょにいさせてください)
いつか訪れるであろう、別れの日が来ませんように。
少女は、レダと離れたくない一心で祈るのだった。
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