24「伐採のお手伝い」①
「嬢ちゃんも俺たちのためにありがとうな」
「将来、いい女になるぜ」
お湯で絞ったタオルをみんなに渡しながら動くミナに、冒険者や木こりたちが次々に声をかけていた。
人見知りであるミナは、はじめこそ彼らとの距離を測りかねていた。
しかし、気さくな彼らに少し慣れたのか、「うん」「ありがと」と短いが返事ができるようになっていた。
「お嬢ちゃんの親父さんはすげえ人だな」
ときどき、レダと自分の関係を間違える人もいたが、不思議と訂正するつもりはなかった。
レダが褒められると、ミナはまるで自分を褒めれたような気分になることができた。
(レダはすごい!)
レダは自身を保護者という。
ならば、自分はレダのなんなのだろう、と考えることがある。
ただの保護対象なのか、それとも別のなにか、か。
(レダはいいひと)
出会った頃からわかっていた。
名前しか教えていない自分なんかを、大切にしてくれる。
いつも気を使ってくれるし、なによりも優しい。いや、お人好しだ。
(わたしの知ってる治療士なんかとはぜんぜんちがう)
かつて、とある理由から治療士にあったことがある。
彼らは善良とは言えない金の亡者であり、レダとは比べるのが失礼なほど、愚かで浅ましい人間だった。
そんなレダと出会えた自分は、なんて運がいいのだろう。
――だからこそ、彼には言えないことがある。
――隠さなければならないことがある。
それが心苦しくもあった。
(もし、レダがほんとうのわたしのことを知っちゃったらどうしよう?)
彼の笑顔が曇るかもしれない。
いや、嫌悪に染まるかもしれない。
そんなことを考えただけで、手足が恐怖と不安で震えてしまう。
(レダとずっといっしょにいたいよ)
お願いします、神様。
わたしにもっとレダとの時間をください。
幼い少女は、必死に神に祈るのだった。
※
レダは仕事を再開した木こりたちの背中を眺めながら、ミナと、護衛のテックスと一緒に紅茶を啜っていた。
一仕事終えたので小休憩しているのだが、文句を言う人間は誰一人としていない。
むしろ、自分だけは、と休憩を取ろうとしないレダに周りが無理やり休ませた形だった。
「ったくよう。必要だっていうのはわかっているんだが、モンスターの襲撃が多いんだからもうちょっと伐採業務もなんとかならないのかねぇ」
「……おじさん、どういうこと?」
「おいおい、嬢ちゃんよう。せめてお兄さんって言ってくれねぇかな。俺はまだ四十だぜ」
「じゅうぶんにおじさんだと思う。むしろ、おじいちゃん?」
「言うねぇ! じゃあ兄ちゃんもお嬢ちゃんからすればおじさんか?」
「ううん。レダはレダ。おじさんじゃないよ」
「あははは、ありがとう」
気遣ってくれるミナには申し訳ないが、十分におじさんの自覚がある。
体力は急に低下してきたし、筋肉が落ちた気もする。腹回りも少し気になっているし、二十代の頃よりも髪の生え際だって広くなった気がする。
三十を超えると老いを感じると聞いたことがあったが、二十代のころは「そんな馬鹿な」と夢にも思っていなかった。
「兄ちゃんはよう。回復魔法のほかになにか魔法は使えないのかい?」
「一応、攻撃魔術を少しと、補助系の魔法も使えますよ。広く浅くって感じです」
「ほう。それはいいじゃねえか。ちょっと試したいことがあるんだけどよぉ、付き合ってみねえか?」
「変なことはしないでくださいよ?」
「んなことしねえって。木こりたちのためになることをしてやりてえって思っただけさ。おーい、お前ら。ちょっと休憩取れよ。今から試したいことがあるんだ!」
なにかを思いついたテックスは、レダの許可を取ると、木こりたちに休憩を勧めだした。
だが、その場に腰を下ろした木こりたちだが、「そうじゃねえよ、こっちにきてくれ。そうだ。兄ちゃんの後ろにな」と、なぜかレダの後方へ移動させる。
「え? なんですか、これ?」
「じゃ、任せたぜ」
「はい? え、ちょ、待って待って。俺になにしろっているんですか?」
「魔法使ってなんとかできねぇかなってよ」
「できるわけがないじゃないですか!」
とてもじゃながいが、目の前に広がるのは大木たちを伐採する都合のいい魔法などあるはずが――。
(いや、まてよ?)
今まで使ったことがある魔法が脳裏に浮かぶ。
ただし使い方は少し違う。だが、いけるかもしれない、と頷いてみる。
「試してみる価値はあるかな?」
「おおっ、さすがは兄ちゃん。なんか考え付いたのならやってみてくれや」
「わかりました。俺の前には、絶対にこないでくださいよ」
注意を告げると、深く集中して身を構えた。
右腕を伸ばし、後方に引く。そして、いっきに振るった。
「――切り裂け、風刃」
不可視の風の刃がレダから放たれる。
次の瞬間、目の前に広がる森の木々たちが、数十本まとめて切断されたのだった。
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