21「治療師としての才能」②




「ところで、結局俺の回復魔法ってどうだったんですか?」


 治療師の話を聞いて、暗くなった雰囲気を払拭しようと話題を変えることにしたレダ。

 すると、表情を一変させて受付嬢は手を叩いた。


「そうでした! ディクソンさんの回復魔法は素晴らしいです!」

「え? そうなんですか?」

「ええ、そうですとも! ディクソンさんは初歩の回復魔法と言っていますが、実際は高位の回復魔法と同等の効果が出ていますよ! 普通じゃ、あれほどの怪我人を綺麗に治してしまうなんて考えられません!」


 重傷者の中には、腹わたが飛び出た者や、骨が肉を突き破った者もいた。

 にも関わらず、レダはすべての怪我人を治してしまった。

 初歩の「回復」ならば縫うような傷や一般的な骨折を治せるくらいだが、レダの使う「回復」は上級回復魔法に相当する「大回復」以上の効果だった。


「でも、どうして? 俺は普通に回復を唱えているだけなんですけど」

「おそらく、ディクソンさんの魔力が強すぎるんだと思われます。魔力量も多いようですし、そのせいでただの回復が必要以上の効果をもたらしているのでしょう」

「……ねえ、おねえさん……それってわるいこと?」

「いいえ、いいことなんですよ。素晴らしいことです」

「よかったぁ」


 レダのことを心配していたのかミナが胸をなで下ろす。

 そんな少女の頭を、保護者は優しく撫でた。


「ただ、今回は助かりましたが、魔力量を調節しなければ効率が悪くなってしまいますよ。ちょっとした怪我に全力で回復魔法をかけてもあまり意味がないと思います」

「そう、ですね。ただ、その、加減の方法がわからなくて」

「そこは経験を積むことと、魔法書などから知識を増やすことが一番でしょう」

「経験とか言われても」

「――そこでディクソンさんにギルドから提案があります」


 受付嬢がテーブルの上に手をつき、前のめりとなる。

 彼女の整った顔が不意打ちに近づき、女性に耐性のないおっさんがどぎまぎする。


「提案ってなんですか?」

「ギルドで定期的に怪我人の治療をお願いできないでしょうか?」

「俺が?」

「はい。治療費も請求して構いません。いえ、むしろ請求してもらわないと困ります」

「お金とっていいんですか?」

「それはもちろんです。ディクソンさんの時間を消費してもらうのですから対価は必要です。ただ、治療士のような高額ではなく、一般人でも払えるような良心的な値段にしていただきたいのです」


 それではまるで善良な治療師だ。


「治療費を安くしていただく分、ギルドから回復魔法をはじめとする魔法書を無償で提供いたします。いかがでしょうか?」

「それって、俺にばかりいいことづくめなんですけど、ギルドにどんなメリットがあるんですか?」


 ありがたい話ではある。

 ギルドから直接の依頼など、そうそうもらえるものではない。

 しかも危険が伴わないのだ。

 幼いミナの保護者をしているレダには、好条件だった。

 それゆえに、「なぜ」とも疑問が湧く。


「ギルドとしてもメリットは大いにあります。まず、ギルドの町の貢献度と評価が多いに上がります。町の治療師に好き勝手させない理由にもなりますし、ポーションの値段を釣り上げる一部の商人への牽制にもなります」


 聞けば、治療師にかかることができない人々がポーションを求めることは自然だが、足元を見た商人が値段を釣り上げているという。

 すべての商人がそうではないらしいが、適切な値段のものはすぐに売り切れてしまい、残ったのは高額な物ばかり。


 冒険者はもちろん、町の自衛団や、町の外で仕事をする人たちにもポーションは欠かせない。

 しかし、お金ばかり取られていては困る。

 ならば、良心的な値段で治療をしてくれる人がひとりでもいれば、それだけで状況は一変すると考えられているようだ。


 冒険者ギルドの名を出して治療を提供すれば、自然とギルドが大いに町に貢献ししたこととなり評価もよくなることは間違いない。

 ただ残念なことに、いまだに協力してくれる人間は現れない。


 そんなときに、レダが現れたのだ。

 それも、かなりの回復魔法を使える。

 ならばギルドとしては、彼にメリットを与えてでも協力して欲しいと願うのが当たり前だった。


「これはギルドからの長期間の依頼だと思ってください。正直に申しまして終わりは見えません。もし、終わりが訪れるとしたら、マシな治療師が増えるか、回復魔法の適性者が増えるかのどちらかでしょう」


 間違いなく終わりの見えない依頼だった。

 メリットがある反面、デメリットも隠れている。

 治療を必要とする人々への責任ももちろんだが、この町から別の町に移住もできなくなる。

 王都から移住するつもりでやってきたが永住するつもりがあったかと問われるとわからない。

 ミナもいるし、簡単に決めていいことなのかと迷う。


「わたしもレダのおてつだいするよ?」


 レダが躊躇していたときだった。

 ミナがレダの手を握ってそんなことを言ってくれたのだ。


「ミナ?」

「今日のレダはとってもかっこよかった。わたしもおてつだいできてうれしかった。だから、みんなのやくにたてるなら、いっしょにがんばろ?」


 少女の言葉がどれほどレダに影響を与えたのか、きっとミナ自身は知り得ないだろう。


「ああ、やるよ」


 どこかでミナを理由に責任から逃げ出そうとしていた自分がいたことに気づく。

 だが、ほかならぬミナのおかげで、足を踏み止めることができた。


「ありがとう、ミナ。俺がんばってみるよ。みんなの役に立てるように、ミナの自慢になれるように!」

「うん! がんばってね、レダ!」


 この日、レダはギルドから定期的な治療依頼を受けることとなる。

 これが後に、治療士としての道を歩むことになるレダの第一歩となった。



 その日の夜。

 レダの活躍を聞きつけたリッグスが、娘メイリンと一緒に夕食の席で祝ってくれた。

 彼がごちそうしてくれたキンキンに冷えた麦酒に、レダはすっかり酔ってしまった。

 同じく酔っ払うほど盛大に麦酒を飲みほしてしまったリッグスと一緒に、部屋に戻ることなく食堂でいびきをかいて眠ることとなる。

 そんな保護者ふたりを、ミナとメイリンは「だらしないなぁ」と苦言しつつも、どこか微笑ましいものでも見るように見守るのだった。


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