20「治療師の事情」②




「ねえ、レダ。どうして治療士の人は、みんなをなおしてくれなかったの?」




 受付嬢が落ち着きを取り戻しつつあるとき、ミナの純粋な疑問にレダは答えに窮した。


 彼自身も正確な答えを持っていない。


 治療士が高額を請求することすら、先日知ったばかりなのだから。


 困った顔をして受付嬢を見ると、彼女が代わりに説明してくれた。




「あのね、ミナちゃん。治療士は別に治療をしてくれない訳じゃないの。ただ、治療を受けるにはお金がたくさん必要なのよ」


「でもレダはお金はいらないっていったよ?」


「それは……そうね、なぜ治療士はお金お金と、言うのかしらね」




 悲しそうに受付嬢は言う。


 彼女の兄がここにいたということは、高額な治療費を支払うことができなかったということだ。


 ミナ以上に思うことはあるはずだ。




「その、お恥ずかしい話ですが、俺は治療士に関してあまり知らないんです」


「そうなのですか?」


「回復魔法が使えるので頼ったことがなくて」


「……ああ、そうですよね。失念していました。では、よろしければ私が治療士についてお話しさせていただきます。少々、辛口になってしまうのでよろしければ」


「お願いします。いいよね、ミナ?」


「うん。わたしもしりたい」




 レダとミナの要望を受け「わかりました」と頷き、受付嬢が説明を始めてくれた。




「もともと治療士を名乗るには、回復魔法を使用できる魔法使いが、回復ギルドに所属しなければなりません。回復ギルドもかつては善良な組織だったそうですが、いつしか金の亡者となったそうです」




 よくある話だ、とレダは思った。




「治療士も同様です。かつては人のために役立つことを目指した人たちが多かったのですが、今は、理由をつけて高額の治療費を請求する金の亡者ばかりです。たちの悪いことに、回復魔法を使える治療士を選ばれた人間だと勘違いしている節もあるため、手に負えない状況に陥っています」




 回復魔法など、所詮、魔法の適性が回復だったに過ぎない。


 人の役に立つという意味では、たとえ攻撃魔法だったとしても、外敵から身を守ってくれる意味では同じだ。


 しかし、人はわかりやすいものに反応する。


 人を癒す回復魔法が、人々の目にどう映るものか想像するに容易かった。




「私たちギルドも我慢の限界を迎えかけています。日に日に傲慢になっていく治療士たちに、愛想が尽きているというのが本音です。しかし、治療士は必要なのです」


「……でしょうね」


「なによりも治療士と揉めて回復ギルドと敵対するようなことになれば、治療費を支払うことができるのに治療を受けられない冒険者も出てきてしまうかもしれないため、下手なことはできません。過去に、似たような脅しを受けたこともあります」


「……さいてー」




 幼いミナでさえ、この反応だった。


 冒険者ギルドも治療士には我慢の限界だ。


 しかし、冒険者という危険と隣り合わせの職業でいる以上、治療士というのは頼らざるえない存在だ。


 そのため治療士に対する態度を決めかねているというものだった。




「実をいうと領主様も同じような状況にあります」


「領主様まで治療士の顔を伺うんですか?」


「残念なことに、たとえぼったくり同然の治療費を請求されたとしても、町には治療士が必要です。医者では即座に治せない怪我でも、治療士なら、という場面はたくさんあります。ゆえに、好き放題にしている治療士に対して、領主様でも強くは言えません」




 領主によっては、治療士を金で抱えこんで専属としてそばに置く場合もあるという。


 だが、ここアムルスの領主はそんなことをするような人ではない。


 常に民とともに歩むことをよしとする人柄なので、治療士にもっと治療費を下げて、多くの人に力を貸すように言っているらしいのだが、是という治療士はいないらしい。




(治療士だって一応、領民のはずなんだけどなぁ。よくもまあ貴族様に逆らえるもんだ。呆れを通り越して尊敬するよ)




 治療士も町で暮らしているのなら、食料を買うこともあるだろう。モンスターから身を守ってくれるのは冒険者だ。良い暮らしができるよう領主が頑張ってくれている。


 ならば治療士だって役割があるはずだ。


 そんなことさえ考えることができない人間は、治療士以前の問題だとレダは思ってしまう。




「私たちが文句を言って変わる者ではないのでしょうが、それでも言わずにはいられない。それが治療士たちの現状です」




 そう締めくくった受付嬢の気持ちがよくわかるレダだった。






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