19「治療士の事情」①




 レダが怪我人全員の治療を無事終えたのは、昼を過ぎた頃だった。




「……疲れた、魔力が尽きそう」


「いえ、むしろ魔力が尽きることなく治療を続けられたのが驚きです」




 ギルド受付嬢が、椅子に座って力尽きているレダに驚きと呆れが混ざったような声をかけた。




「お疲れさまでした、ディクソンさん。ひとりも死者はでなかったこと、心よりお礼申し上げます」


「いいえ、みんなを助けることができてよかったです。そういえば、ミナはどこにいますか?」


「ミナちゃんならあちらに。途中から手伝ってくださいましたので、とても助かりました」




 受付嬢が微笑ましく頰を緩めて視線を動かすと、そこには桶とタオルを持ってこちらにくる少女の姿があった。


 きっと、怪我人の世話をしてくれたのだろう。


 多くの怪我人が血に濡れていたことをレダは思い出した。




(……優しい子だな)




 ミナの衣服にも少なからず血がついている。


 汚れることを構うことなく手伝ってくれた少女に、感謝と尊敬をした。




「レダ? だいじょうぶ?」


「ああ、うん、大丈夫大丈夫ちょっと疲れたけど」


「血がついてるよ、お湯もってきたからふいて?」


「ありがとう、助かるよ」




 ミナから手渡されたタオルをお湯の張られた桶に浸してから、固く絞る。


 怪我人を治療するのに触れたせいで、血まみれになっている腕をごしごしと力強く拭いていく。


 半ば固まった血を落とすのに苦労したが、すっきりした。




(魔力消費し過ぎたから眠いし、腹も減ったなぁ)




 一生懸命働いたミナも、ずっと付き添ってくれていた受付嬢もそれは同じだと思ったので特に口にすることはしない。


 ついでとばかりにタオルで顔を洗うレダに、受付嬢が神妙な顔をして見つめていた。




「どうかしまいしたか?」


「いえ、その、今回は本当に助かりました」


「困った時はお互い様ですよ。しかし、とんだことになってしまったなという気持ちはあります。確か、どのくらい回復魔法が使えるか調べるだけだったと思うんですが」




 苦笑してみせるレダだが、受付嬢の表情は暗かった。




「あの、すみません。ちょっと嫌味でしたね」


「あ、いいえ、ディクソンさんになにか思うことがあるんじゃないんです! ただ、私自身もこんなことになるなんて思っていなかったんです」


「そうなんですか?」


「はい。実は、当初は軽症者だけしかギルドは集めていませんでした。その方たちは金銭面で余裕がなかったこともあり、治せてもらえたらラッキーくらいでした。しかし、昨晩、ちょうどディクソンさんたちがギルドから出たあとに、モンスターの群れと戦い負傷した人たちが担ぎ込まれてきたんです」


「……それでこの有様だったんですね」




 こくり、と受付嬢は頷いた。




「最初こそ、町にいる治療士を頼ったのですが……」


「まさか治療してもらえなかったんですか?」


「……ひどい」




 一緒に話を聞いていたミナも、苦い顔をしてしまう。


 だが、受付嬢は首を横に振った。




「治療はしてもらえました。ただし、夜だったこともあり、夜間料金を含む治療費を払うことができた人限定でしたが。大半の人が高額な治療費を払えず困り果てました」


「それで今日?」


「はい。ディクソンさんを巻き込む形になって申し訳ないと思ったのですが、ギルドとしてはおすがりする他なかったのです」




 申し訳ありませんでした、と彼女は頭を深く下げた。


 聞けば、応急処置は医者が行ったらしいが、回復魔法ほどの効果はない。


 せいぜい失血を止めるとか、折れた手足を固定するとかが限界だったらしい。


 支払いができず治療を受けられない怪我人たちをどうするか困り果てたギルドは、レダに一抹の希望を託していたという。




 少ないが治療費も用意した。それで足りなければ、ギルドでの扱いをよくするという交渉もあったらしい。




(利用されたとは思わないし、怒ってもいない。だけど、思うことはある)




「ひとつだけ言っておきます」


「はい」


「もし、次にこんなことがあったら、すぐに俺を呼んでください。時間なんて気にせず、怪我している人のことだけを考えてください。いいですね?」


「――っ、それはつまり」


「今後、この町でお世話になるんです。言ってみれば、みんな仲間です。だから、遠慮なんてしないでください」


「ありがとうございます! ありがとうございます、ディクソンさん!」




 安心したのか、ボロボロと涙を零して礼をいう受付嬢。


 立ったまま何度も頭を下げる彼女を落ち着かせて、とりあえず椅子に座ってもらうことにした。




「……すいません。実は、重傷者の中に、冒険者をしている兄がいたんです」


「そうだったんですか?」


「私情を挟みたくなかったので黙っていたのですが、無事に助けていただいて感謝しています。昨晩からずっと苦しんでいたので、もう見ていられなくて」




 レダは受付嬢の涙の訳をようやく理解した。


 重傷者は多数いたが、幸いなことにレダが治療するまで死んだ人間はいない。


 ただし、苦しんだ者は多かっただろうと思うと、やはり悔やまれる。


 その中に、家族がいたのだ。受付嬢の心情は想像に絶する。




(助けられてよかった)




 レダは、自分の回復魔法がみんなに通用したことをただただ安心するのだった。








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