18「治療士としての才能」
【髭の小人亭】で一晩過ごしたレダとミナは、店主リッグスと挨拶を交わし、ひとり娘のメイリンと一緒に朝食をとると、朝一番でギルドに顔を出していた。
当初、リッグスがミナを預かってくれると言ってくれて、メイリンもいっしょに居たいと喜んだのだが、当のミナがレダと一緒にいることを望んだため連れてきている。
「おはようございまうす、ディクソンさん。ミナちゃんもおはよう」
「おはようございます」
「……おはよう、ございます」
昨日と同じ受付嬢がカウンターからこちらを見つけると、小走りにやってきて挨拶をしてくれた。
「すでにギルドのほうで怪我人を準備していました。それで、その、本当に無料で構わないのでしょうか?」
「もう!? あ、はい、もちろん治療代なんていりません」
怪我人が揃っているという報告に、レダは驚いた。
まだ朝だというのに怪我人がいるということは、昨日の時点からいたということになる。
(それなら昨日の時点で言ってくれればよかったのに)
おそらく、ギルドとしても頼めなかったのだろう。
レダがいくら求めてくるのか、本当に無償で行ってくれるのか、測りかねていたと思われる。
「それを聞いて安心しました。大半の方が、治療士に治療費が払えないという理由で、怪我をしても手当てするあてがありませんでしたので」
「……それって」
「こんなことを言いたくはありませんが、この町にも治療士は居ますが、決して善良な方とは言えません」
(治療費が払えなくて治療をしてもらえないって、なんの冗談だよ? なんのための治療士なんだよ)
「ギルドとしても、ポーションを使って応急処置をしていますが、いかんせん人数が多いものでして」
「……人数が多い?」
「はい。三十人ほどの怪我人がディクソンさんをお待ちしていますわ」
「――さ、三十人って!? 全員を全員治せる保証なんてありませんよ!?」
「こちらも承知しています。ですが、誰を優先するのかなど、ギルドでは決められませんでした」
(俺だって決められないよ!)
内心悲鳴をあげるも、あまりみっともない姿をミナに見せたくなかったので飲み込むことに成功した。
「とにかく、怪我人のもとへ急ぎましょう。一刻も早く治療しないと」
「ありがとうございます! それでは、こちらです」
「ミナ、いくよ」
「うん!」
ミナと手を繋いで、受付嬢の背中を追う。
階段を登り、二階へ進むと、血の匂いがした。
「……これは」
そして、目を疑う光景が待っていた。
「……けがしてるひとが、たくさん」
ミナもまた目の前に広がる光景に唖然としてしまう。
「比較的軽傷の方を廊下に、そうでない方を部屋の中に案内しています。ディクソンさんの回復魔法の効力がわからないので、重傷者もいます。どなたから回復魔法を施しますか?」
「どなたからって言われても」
レダは、戸惑いを隠せない。
怪我人三十名と聞いていたが、実際はもっと多い。ざっと五十人ほどいるのではないかと思う。
冒険者だったのはレダも同じだが、こんなにも怪我人を目の当たりにしたことはなかった。
「な、なあ、あんたが治療士様か?」
そうこうしていると、ひとりの男性に腕を掴まれてしまった。
「いや、俺は治療士じゃ――」
ない、と言おうとして言えなかった。
彼の衣服や肌にはべっとりと血がついていた。
しっかり立っているので彼自身のものではないとすぐにわかる。
「頼むっ、いいや、お願いします! 妻を、妻を助けてください!」
「ちょっと落ち着いて」
「金がないので治療費は払えません。ですが、この身であんたに忠誠を誓いますから、なんでもします、死ねと言われれば死にます! だから妻を救ってください!」
落ち着けと言っても落ち着くはずがなかった。
彼が指差すのは部屋の中に置かれた簡易ベッドの上に横たわる女性だった。
腹部が思い切り裂けて血に塗れている。
「――うぅ」
彼女だけではない。
似たように酷い怪我をした人たちが部屋の中に溢れている。
まだ幼いミナは、怪我に苦しむ人たちを直視できずに反らしてしまう。
(こんな光景だ。吐かないだけましか……ミナも心配だけど、やるべきことをしよう)
「落ち着いてください。今、治療しますから、お願いします!」
「す、すまん、つい」
「いいんです。ミナ、俺は今からやらなくちゃならないことがあるんだ。だから」
「だいじょうぶ。わたし、しずかにしてるよ。ちゃんとレダのことみてる」
はっきりした口調でそう言ってくれたミナと頷き合うと、レダは男性の妻の元へ向かう。
「これは酷いな」
すでに女性の意識はないない。
死んでしまったのではないかと肌も土色だ。
そっと口元に耳を寄せると、まだわずかだが呼吸がある。
(もっと早く言ってくれればよかったのに……なんて、言えないよな)
ギルドの事情とレダの事情は別物だ。
そもそもレダがこの町に来なければ死んでいくのを待つだけの人たちもいた。
(今からでも救えることを祈ろう)
「はじめます――回復!」
これでもかと魔力を込めて回復魔法を放った。
女性は淡い光に包まれる。
すぐに変化はあった。
「おおっ……そんな」
「これは、すごい」
女性の夫と、受付嬢が目を見開いた。
横たわり死の淵に瀕していた女性の腹部がみるみるふさがっていくのだ。
「これは、ただの回復じゃありませんわ。大回復以上の上位回復魔法です!」
そんな驚きの声が聞こえた気がするが、反応している余裕がなかった。
光が治ると、そこには腹部が閉じた女性が安定した呼吸を繰り返している。
「あの」
「はい! どうしましたか!?」
「俺には医学の知識がないので、これで治ったのかどうか自信がないんです。確かめてくれますか?」
「いいえ、それには及びません。私には少々の医学の知識があります。ですのでわかります。この方は、もう無事です」
わぁっ、と比較的軽い怪我人と、その仲間や家族が沸く。
「ありがとうございます! ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
女性の夫はレダの膝にすがりつき、ボロボロと涙をこぼした。
「レダさん、あなたの回復魔法は……」
「話はあとにしましょう。次の人を!」
受付嬢の言葉を遮り、レダは次の怪我人と向き合う。
重傷者を治せたことで自信をつけた彼は、まず深手を負っている者から治療しようとしたのだ。
「次はこっちを頼む!」
「私の夫を治して!」
「頼む、妻が死にそうなんだ!」
「妹を助けてくれ!」
それぞれ怪我人の家族が叫び、レダの治療を求め出す。
その声全てに反応したかったが、彼にできることはひとりひとり丁寧に回復魔法をかけていくことだけだった。
そんなレダの姿を、ミナはじっと直視し続けた。
彼の勇姿を焼き付けるように、視線をそらすことなく、見守り続けたのだった。
――この日、レダが治療したのは三十五人。ひとりも死者はいなかった。
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