17「仮住まいとドーラン親子」




「がははははははっ、兄ちゃんも災難だったなぁ! 今、この町は人がたんと集まっていやがるせいで、どこの宿屋もいっぱいだ。住まいなんてもっとねえわな!」




 豪快に笑っているのは、ギルドから紹介された宿屋兼食堂の【髭の小人亭】を営むドワーフの男性だった。


 名をリッグス・ドーランという、ドワーフ特有の髭を蓄えた小柄だががっしりした体格の持ち主だった。




「こんばんは。私、メイリン。ミナちゃんっていうのね、よろしくね?」




 そして娘のメイリンもいる。


 彼女は亜麻色の髪をショートカットにした元気一杯の女の子で、歳の近いミナににっこり微笑んでいる。


 だが、ミナは照れているのか、レダの背に隠れてしまっている。


 そんな状況だがメイリンはちっとも悪く思わないらしく、「仲良くしよーねー!」と話しかけていた。




「しばらくの間、よろしくお願いします」


「んなぁ、丁寧に挨拶しなくても構いやしないさ。同じ屋根の下で暮らすんだ、家族だと思って接してくれや。娘も、あんたの娘を気に入ったようで喜んでいやがる」


「ははは、ミナは娘じゃないんですよ」


「……ほう。ま、冒険者なんかしていると色々あるんだろうな。俺は細かいことは気にしねぇ。この子がお前が保護する子ならそれでいい。おっと、部屋も一緒だぞ」


「問題ありません。これからお世話になります」


「おうよ、こっちこそよろしく頼むわ」




 気さくな人でよかったとレダは内心喜んだ。


 提供する住まいがないと言われてしまったレダに対し、ギルドは仮住居ならすぐに用意できると言ってくれた。


 それが、ここ【髭の小人亭】だった。




 宿屋の一室を借りて、ギルドが、正確には領主が宿代を支払ってくれるのだという。


 これは、町で仕事をする人間や、貢献してくれる人に対し、路頭に迷わせない処置だという。


 もしくは、住まいがないからという理由で、人材が他の町に流れていくのを防ぐものでもあるらしい。




 レダには自覚がないものの、貴重な回復魔法を使える人材だ。


 ギルドとしても手放したくなかったのだ。




「メイリン、部屋に案内してやれ。あと、トイレと風呂の案内も忘れるなよ」


「はーい」


「その後は飯だ。お前も一緒に食べちまえ」


「わかったよー。じゃあ、いこう、ミナちゃん」


「あ、え、ちょっと、メイリンちゃん?」




 ミナの手を握って先導するメイリンのあとをレダもついていく。


 案内された部屋は二階の角部屋だった。


 トイレは各階にふたつあり、風呂は一階の奥にあった。




 ギルドの紹介がなかったら客として泊まることも難しかったかもしれない。


 この宿は、食堂ということもあって、人で賑わっていた。




「じゃー、ちょっと待っててね。今、ごはんもらってくるから」




 荷物を部屋に置くと、食堂でひとつのテーブルを確保したメイリンは厨房で鍋を振るう父のもとへ小走りで向かった。




「元気な子だったね」


「う、うん。ちょっとなかよくなれたよ」


「そりゃよかった。ここで、しばらくお世話になるからね」




 少々控えめな一面を持つミナと、快活なメイリンの相性は良かったようで気づけば親しくなっているようだった。




(ミナに友達ができるといいなぁ)




 保護者目線でそんなことを考えてしまう。


 せっかく新しい土地にきたのだからミナにも充実した日々を送って欲しいとレダは願うのだった。




「おっまたせー! ピラフとサラダ、お肉のたっぷりはいったスープだよー!」




 すぐに戻ってきたメイリンの腕には三人分の食事が器用に持たれていた。


 手際よく配膳すると、彼女もテーブルにつき、三人でそろって「いただきます」と食事をはじめた。




「……お、おいしい」


「へっへーん。パパの料理美味しいでしょう!」




 ピラフを口に運んだミナが目を丸くすると、父親を褒められたのが嬉しかったのかメイリンが胸を張る。


 レダもスプーンで、ピラフを食べる。


 火がしっかり通りパラパラとしたピラフは、香りがよく、味も美味しかった。


 少し塩気を強くしてあるのは旅疲れの自分たちをねぎらうためだと思われた。




「すごいな、リッグスさん。ドワーフっていうと鍛治師のイメージがあるんだけど、料理でも剣でも作らせることならなんでもできるんだね」


「パパは昔、剣を作ってたらしいよ。でも、私が生まれてからは料理人になったんだって」


「メイリンちゃんのおとうさん、すごいんだね」


「まあね!」




 父親を自慢するメイリンの話はその後も続いた。


 母親はいないけど毎日が忙しく楽しいこと。


 普段、店の手伝いをしているメイリンの話。


 ときには困ったお客さんが来たり、陽気で楽しい変わった人も来るということも。


 メイリンは実に楽しそうに話してくれた。


 彼女の話を、ミナはもちろんレダも興味深そうに聞き、あっという間に時間が過ぎていく。




 その後、食事を終えて、リッグスに「ごちそうさまでした」と伝えると、メイリンの案内のもとお風呂に向かった。


 ミナは「一緒にお風呂入ろうよー!」と誘うメイリンに、最初こそ恥ずかしそうにしていたが、押し切られてしまったようだ。




 男女の別れて風呂に入っていると、女風呂から楽しそうなメイリンの声が聞こえたので、ミナとうまくやっているのだろうと安心した。


 少しのぼせるほど風呂で旅の疲れを癒したレダは、メイリンに「おやすみ」と挨拶を交わし、ミナと一緒に部屋に戻って眠ることにした。




「ねえ、レダ」


「うん?」


「あ、あのね、いっしょにねてもいい?」




 用意されたふたり部屋に備わるふたつのベッドにそれぞれ入っていたが、ねる直前になってミナがそんなことを言い出した。


 が、拒む理由なんてない。


 この三日間の道中、ずっと一緒にいたので今さらだ。




「いいよ、おいで」




 毛布を捲って手招きすると、寝間着姿の少女は嬉しそうに潜り込んできた。


 しばらく言葉なくベッドから天井を眺めていた。


 すると、




「ねえ、レダ」


「なんだい?」


「わたしね、この町にこれてよかった。ごはんはおいしかったし、メイリンちゃんもいい子だし。レダといっしょにいれてよかった」


「俺だってミナと一緒にいることができて嬉しいよ」




 本心だった。


 ソロになって一人旅をするつもりだった。


 しかし、ミナのおかげで味気ないはずの旅が、賑やかなものとなっている。


 内心では少女にずっと感謝していたのだ。




「わたしね、あの日、レダにあえてよかったの。あのね、レダ……わたしね……」


「ミナ?」




 なにかを打ち明けようとしていたミナだったが、睡魔に負けてしまったのか寝息を立てていた。




(そりゃ眠気のほうが勝つか。子供だもんな)




 色々な一面を見せてくれるミナを微笑ましく思いながらも、彼女がなにを言おうとしたのか気になりもした。


 だが、気持ちよさそうに寝息を立てるミナを起こすことは忍びなく、レダはそのまま少女を起こすことなく目を瞑る。




「おやすみ、ミナ」




 そう呟いたレダは、ベッドの中で丸くなる少女を抱きしめるように眠るのだった。








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