16「冒険者ギルド アムルス支店」




 レダたちを出迎えてくれたのは、愛想のいいブロンドをアップにまとめた美人だった。


 ギルドの受付嬢の緑色の制服に身を包んだ彼女は、銀縁眼鏡の奥で、瞳に柔らかな感情を込めてこちらを伺っていた。




「あら、可愛いお子さんですね」


「あ、いえ、保護者ですが父親じゃないんですよ」


「これは失礼しました。ですが、私は気にしませんよ。趣味は人それぞれですものね」


「……なんか勘違いしてませんか?」


「いえ、別に幼女趣味で親子プレイとか思っていませんよ?」


「口に出てますから、思いっきり誤解してますから!」


「うふふふ、ジョークで場を和ませたことで、さっそくご用件を伺いましょう。どのようなご用事ですか?」


「本当にジョークだったんでしょうね?」




 特殊な性壁を持つ人間だと誤解されていたら非常に困る。


 いかにも仕事のできる女性、という雰囲気の女性が下ネタ混じりのジョークを言うのかと意外にも思いつつも、掘り下げたい話題ではなかったので話を進めることにした。




(ミナが話をわかっていないみたいでよかった)




 幸いなことに、ミナは受付嬢の言葉を理解しておらず、首を傾げていた。




「じゃあさっそく、受付をお願いします。移住をしてこちらの町で本格的に働きたいんです。これは王都のギルドからの紹介状です」


「拝見しますね。あら、これは……驚きました。こちらは紹介状じゃありませんね」


「――え?」


「推薦状です」


「え? え? どういう意味ですか? 俺はただ、ギルドの知り合いから、この町で働くにあたっての紹介をしてほしいって頼んだだけなんですけど」


「はい。その旨は書かれています。ですが、形では推薦状です。いっておきますが、紹介状よりもよいものですので安心してください」




 その言葉に、レダは驚く。


 まさか推薦状をギルドに用意してもらえるとは思っていなかったのだ。




(ありがたいけど、俺のどこに推薦する要素があるんだ?)




 パーティーをクビになったことも知られているため、内心で首を傾げた。




「あの、推薦状に書いてあるのですが、ディクソンさんは本当に回復魔法をお使いになれるのですか?」


「ええ、まあ。初歩的なものしか使えませんけど」


「凄いですわ! 回復魔法が使える冒険者なんてそうそういませんよ! 治療士になるつもりはないんですか?」


「恥ずかしながら、憧れて冒険者になったもので。許されるなら続けたいと思っています」


「ギルドとしては、ディクソンさんが冒険者を続けることを反対はしません。しかし、いいのですか? 治療士って稼げますよ?」


「お金だけが目的だったら、とっくに冒険者はやめていますから」


「わかりましたわ。ところで、治療士にならずとも、ディクソンさんは治療をしてくださいますか?」


「そりゃ、困っている人がいればしますけど?」




 なにを言っているんだ、と戸惑う。


 そんなこと人として常識だ。


 むしろ、怪我人を放置することなど普通はしない。


 たとえ、回復魔法が使えずとも、怪我をして困っている人がいれば助けになりたいと思う。




「素晴らしいですわ! ディクソンさんのような方がアムルスの町にきてくださったことを、心から歓迎します!」


「あ、ありがとうございます」


「さっそくで申し訳ございませんが、明日、回復魔法がどのくらいの効力を持つのか確かめさせていただいてもいいでしょうか?」


「構いませんよ」


「ただ、その、それには誰かを癒してもらう必要があります。その場合、治療費をお支払いしますが、なにぶんギルドにも金銭面で限界があるので、少しばかりお安くしていただければと思うのですが」


「別に無料でいいでけど」


「はい?」




 知的な美人が、間の抜けた顔をした。




「だから、俺は別に回復魔法をしたからって治療代なんてとりませんよ」


「……本当に?」


「本当です。というか、どんだけ治療士って金を請求するんですか……一緒にしないでください」




 治療士を悪く言いたくはないが、少々金の亡者という印象しか持てない。


 レダとしては、治療しますと言ったとき、お金を取りませんよという意味もあったのだが、受付嬢には伝わっていないようだった。




「で、でしたら、明日お待ちしています! 何人までなら怪我人を連れてきていいでしょうか?」


「常識の範囲内でお願いします」


「そ、そそそ、それはもちろんですとも」


「そもそも、俺は自分がどのくらい回復魔法を使えるか把握できていないので、連れてきていただいた人に全員回復魔法ができるかどうかもわかりませんよ」


「そうでしたわ……失念しておりました。ディクソンさんが太っ腹なのでつい」


「あと、明日の話も大事ですけど、俺たちは今日の宿さえ決まっていません。一応、移住すると決めたら住まいを提供してもらえるって聞いていたんですけど」


「――あ」


「あ?」




 嫌な予感がした。


 なぜならあからさまに受付嬢の顔色が悪くなかったからだ。




「……非常に言いづらいのですが、移住者はもちろん、旅人も多いため、今、この町にご提供する住まいがありません」


「――えぇええええええええ!?」




 予想していなかった展開に、レダは絶叫をあげたのだった。








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