12「宴とふたりのこれから」
「今宵は宴じゃぁあああああああ!」
町長の一言で、宴が始まった。
レダたちが魔狼退治を無事に終えてから、瞬く間に夜となった。
死者はいない。
傷ついた者は全員レダによって回復されているので、みんな元気に酒を飲んで、踊っている。
今後、魔狼の被害がなくなることへの喜びと、魔狼が五体という町にとっての臨時収入に誰もが喜んでいた。
魔狼は金になる。
肉はもちろん美味く、当たり前に味わえるものではないので希少価値もそれなりにある。
牙や爪、毛皮は武器や防具に使われるため、町に来る商人に喜んで取引されるだろう。
「働いたあとの一杯はうまいなぁ!」
町の広場で焚き火を囲んでそれぞれ、食事や踊りを楽しむ中、レダは魔狼の肉に舌鼓していた。
脂の乗った柔らかな肉は魔豚とはまた違った美味しさがある。
最初は食事だけにしておこうとしていたが、町娘からお酌をされてしまいつい飲んでしまった。
キンキンに冷えた麦酒は問答無用で美味しく、いい感じに酔わせてくれた。
ソロとなって最初の依頼を無事に成功させたこともあって、気分もよかった。
「ぷっはぁぁぁ」
ジョッキを煽って麦酒を飲み干し、満足した表情を浮かべるレダの視線には、町の人たちと一緒に踊っているミナの姿があった。
人見知りの少女ではあるが、優しく面倒見よい町の人たちとは打ち解けたようだ。
このお祭り騒ぎで少なからず気分が高揚しているのもあるだろう。
「ミナも楽しそうでよかったなぁ」
思い返すのは、魔狼退治から帰ってきた自分を迎えてくれたミナのことだ。
あんな風に抱きついてくるとは思わなかった。
それ以上に、あの子のもとへ無事に帰ってくることができてよかったと心底安堵した自分にも驚いていた。
ミナが少しずつ自分を受け入れてくれていた以上に、レダもまた彼女に心を許しているんだと悟った。
(歳は少し離れているけど、兄と妹……みたいな感じなのかな?)
そうなると、考えてしまうのはこれからのことだ。
今夜は町の好意で泊まらせてもらうことになっている。
しかし、明日にはアムルスの町に向かう。
レダはこのまま自分の道中にミナを連れ回していいものかと思っていた。
打ち解けつつあるこの町で、受け入れてもらうのもひとつの選択肢かもしれない。
だが、このまま別れてしまうのも無責任ではないかと思う。
彼女と出会い、ここまで連れてきたのは他ならぬレダだ。
ならば、最後まで責任を取るべきだ。
(どんな最後になるのかはわからないけど、さ)
保護者が現れるのか、それともずっと一緒にいるのか。
それ以前に、ミナのことをもっと知らなければならないときもくるだろう。
また、レダも自分のことをミナには語っていない。
特別語ることなどないといえばそうなのだが、やはり彼女のことを知りたいのなら、自分のことも打ち明けなければと思う。
「せっかくのお祭りなのに暗い顔しちゃってどうしたの?」
「マリエラさん……って、結構飲んでますね」
「あはははは、今日はお祝いだからねー! 町の英雄にかんぱーい!」
「ちょ、それやめてください! 蕁麻疹でそう!」
宿屋の女主人は顔を赤くして陽気に微笑んでいた。
彼女の言う「町の英雄」とはもちろんレダのことだ。
回復魔法を無料で施し、魔狼退治に一役買った彼を、いつの間にか町民たちがそう呼び始めていたのだ。
とくに世話になった青年団の面々は、「兄貴」と慕ってもいる。
「もう謙遜しちゃって。で、なにを考えてたの? お姉さんに話してみなさい!」
「ちょっとミナのことを」
「ミナちゃんのことかぁ。あの子ってとてもいい子よね。私もあんな娘欲しいなぁって」
少々の酔いはあるようだが、思考はちゃんとできているようで、マリエラはレダの隣に腰を下ろす。
「まさかとは思うけど、あの子を置いていこうっていうなら怒るからね」
「え?」
「あー、やっぱり。大方、この町でならうまくやっていけるって思っているんでしょうけど、あの子はね、ミナちゃんは、レダと一緒にいたいんだよ。今日だって、ずっと心配してたんだから。そんな子を放っていっちゃだめだよ」
「そっか」
よくよく考えると、レダはミナに直接どうしたいのか聞いたことがない。
レダはこれからアムルスの町を拠点に生活を始めることさえ伝えていなかったことに気づく。
「俺って、どうして」
「落ち込むな若人……でもないか、うん、おっさんはおっさんなりに悩めばいいと思うよ。人と人のことに絶対って答えはないんだから」
「絶対って答えはない、か。うん。そうですね」
「もし、ミナちゃんへちゃんと伝えていないことがあるのなら、しっかり言ってあげなよ。きっとあの子もそのほうが喜ぶよ」
マリエラのもっともな言葉に、レダはミナときちんと話をしようと決意したのだった。
※
宴は朝まで続きそうな勢いだった。
町民はもちろん、この町に訪れている人を巻き込んでの騒ぎは、真夜中になっても終わる気配がない。
「レダ、もうねるの?」
フルーツの盛り合わせを隣でつまんでいたミナが、宴中にも関わらず考え事をしているような素ぶりをしていたので疑問符を浮かべて訪ねてきた。
「眠くはないけど、その前にちょっとミナと話をしたいなって」
「おはなし?」
「うん。明日からのことだけど」
「……うん」
「俺は、この町から一日ほど歩いた場所にあるアムルスって町に行くつもりだったんだ。そこで新しい生活を始めたい、そう思ってここまできたんだ」
少女はレダの言葉を聞き逃さないよう真剣に聞いていた。
せっかくの宴中にこんな真面目な話をすべきではないのかもしれないが、いつまでも先延ばしにしておきたくなかったのだ。
「わたしは? わたしはどうすればいいの?」
「よかったら、ミナも一緒にいかないか?」
「――え?」
「俺と一緒に、アムルスで新しい生活をしよう。今までいろいろあったんだろうし、それを忘れろなんて言うことはできない。だけど、保護者もいなくて、行くあてもないのなら、俺と一緒にいてくれないかな?」
最後だけちょっと言葉を間違えたかもしれないと苦笑してしまう。
これではプロポーズだ。
「……いいの?」
「俺とミナが出会ったのはきっとなにかの縁だと思う。君を中途半端に放り出すことはしたくない。最後までちゃんと責任を取りたいんだ」
「……わかった。わたし、レダといっしょにいく。ううん、いきたい!」
そう言ってまっすぐ見つめてくるミナの頭を、レダはくしゃりと撫でた。
「ありがとう。ミナ。一緒にいこう」
「うん!」
嬉しそうにミナが頷いた瞬間、わぁっ、と歓声があがる。
「え? なに、なんなの!?」
「さすが英雄! まさかこんな小さな子にプロポーズなんて!」
「幼女趣味!」
「ロリコン英雄!」
聞き耳立てていた酔っ払いどもがいい具合に勘違いして盛り上がり始めたのだ。
お人好しなところがあるレダではあるが、さすがにロリコン扱いは我慢できないと苦情を言い始めた。
そんな光景を、ミナと町の人たちがいつまでも楽しそうに見守るのだった。
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