8「突然の依頼」②




 マリエラの頼みごとは予想通りだった。


 辺境の町では冒険者を雇うのは一苦労だ。


 そもそも冒険者ギルドがないので、依頼ができない。


 ギルドがある町に足を運び、そこで依頼をして、引き受けてくれる冒険者が現れて、町にやってきてくれるまで、どのくらいの時間がかかるかわかったものではない。




 その間に被害がどれだけ大きくなるのか想像するに容易い。


 そんな理由もあって、冒険者が田舎の町村で突発的に依頼を受けることは多い。


 ギルドとしてはあまりいい顔をしないが、しかたがないと黙認している。


 冒険者にとっても、よほど法外な依頼料をとったり、問題を起こさなかったりすれば、ギルドに紹介料を持っていかれずにすむ美味しい仕事だったりする。




「報酬はもちろんしっかり払わせてもらうから、どうかな?」




(ソロになった瞬間、依頼とはどうすればいいんだ!? 魔狼と戦ったことはあるけど、俺が本当に戦えるのか!?)




「あの、ですね、お恥ずかしい話ですが、俺は冒険者ランクがFランク。つまり最底辺なんです」


「え? ……そうなの? でも、戦闘経験はあるんでしょ?」


「一応はあります。今まで、冒険者パーティーに所属していたので。ただ、雑用と回復がメインだったので、どこまで戦えるのか不安があります」


「回復魔法が使えるの!?」


「え、ええ、使えますけど?」


「待って待って、確かに魔狼退治を手伝って欲しいよ。でも、その前に、魔狼にやられたけが人が結構いるんだ。金は言い値で払うから、どうか治療してくれないかな!?」




 手を握られて、瞳を輝かされてしまいレダは困惑する。


 回復魔法も戦闘経験同様に不安が残るのだ。


 しかし、




「レダはわたしの足もなおしてくれたよ?」




 ミナがレダのことを恩人でも見るような目で見てくるため、できません、とは口が裂けても言えそうもなかった。




(不安はある。だけど、怪我している人を少しでも治せるなら……断る理由はない!)




 ポーションは高額だ。


 辺境の町にどれだけのストックがあるのかもわからない。


 ならば、自分の力を貸してあげたかった。




「私たちも重傷者を治してほしいなんて無茶は言わないよ。そんなことできるは神官様くらいだからね。だけど、ポーションも底を尽きてしまったから、せめて軽傷だけでも、お願い!」


「わかりました。じゃあ、さっそくとりかかりましょう。案内してください」


「いいの!?」


「もちろんです。それに、回復魔法は時間が経過すると効果が悪くなってくるんですよね。治せるなら早い方がいいんです」


「わ、わかったよ。案内するから、こっちだよ」


「あのっ、ミナをどこかに預けることは?」




 怪我人がどの程度かわからないため、幼い少女を連れて行くのに躊躇いがあった。


 レダの声に、マリエラは「しまった」とばかりに顔をしかめる。




「ご、ごめんごめん、ちょっと急ぎすぎたね。お嬢ちゃんは母さんに預けて、それから」


「ミナもいく」


「ミナ!?」


「へいき。レダと一緒だから」


「……だけどさ」




 不思議と信頼してくれているのは嬉しいのだが、どうしていいのか判断できない。


 そんなレダにマリエラが提案した。




「私がそばで見ているから、一緒に連れて行ったらどうかな? 女の子がここまで言っているんだから、ね?」


「……わかりました。ミナのことお願いします」


「任せて!」


「このお姉さんの言うことをしっかり聞くんだよ、ミナ?」


「だいじょうぶ。ミナ、レダとおねえさんの言うことちゃんときくよ」




 なら、よし。と頷き、レダはマリエラに案内されて、町の中心部にある集会場に案内された。


 近くと、まだ集会場の中に入っていないも関わらず濃い血の匂いがした。


 思わず顔をしかめてしまう。




「怪我人は十五人だよ。とくに五人が酷いんだけど……そっちはもう。とにかく、治せるだけでいいからお願い!」


「わかりました。それじゃあ、入ります」




 扉を勢いよく開ける。


 次の瞬間、むせ返りそうな血の匂いと、青年たちのうめき声が聞こえた。




「……うぅ」




 明かりに照らされる赤に塗れた集会場の光景に、ミナが怯えた声を出してレダの影に隠れた。




「これは酷いな。鉤爪でやられたみたいだな」


「そうなんだよ。牙でやられた子も数人いたけど、助からなかった。なんとかなるかな?」


「やれるだけやってみます。ミナをお願いします」


「よろしく頼むね」




 ミナに大人しくしているようにと、目を合わせて頷く。


 レダの意思が伝わったようで、彼女も頷いてくれた。




 集会場の中は、四方をランタンで明るくしているため、足元まではっきり見える。


 床には毛布を引き、青年たちが並べられるように横になっていた。


 誰もが血で濡らした包帯を巻いている。


 中には、包帯では覆いきれないほど数多の傷を身体中に作って呻いている者までいた。




(酷い光景だ)




 レダは、一番近くで呻いている青年のすぐそばに膝を着けると、包帯が厳重に巻かれている背中にそっと手をかざす。




「……う、うう……たすけ、て」




 魔力を体内からかき集めて一番の回復を、と念じた。






「――回復」






 刹那、怪我人が淡い光に包まれた。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る