7「突然の依頼」①
「あぁ……気持ちよかったぁ」
お風呂で体の芯まで温まったレダは、新しい着替えに袖を通してミナが出てくるのを待っていた。
風呂上がりの一杯をやりたくなってしまったが、いかんいかん、と首を振る。
子供と一緒に旅をしているのだから、だらしないところは見せたくない。
三十路男の些細なプライドだった。
「お、おまたせ」
そんなことを考えていると、女湯からミナが顔を出してレダを見つけると、表情を緩めてこちらにやってきた。
「おおっ……うん、なるほど……そっか、そっか」
「レダ?」
身を清めたミナに、レダはつい目を丸くして不躾な視線を向けてしまう。
しかし、無理もない。
汚れていたブロンドの髪は、ふわふわとボリュームを増し、はちみつのような色をして輝いていた。
ミナのかわいらしい容姿と相待って、まるで天使のようだと思えてしまう。
(時期的に水浴びもさせてあげられなくて、顔を洗って、タオルで体を拭く程度だったけど、うん、これはすごく変わったなぁ。ていうか、かわいいとは思っていたけど、ここまでとはおもわなかった)
歪んだ年下趣味がないレダであっても、つい見惚れてしまうほどミナは愛らしい。
もしかしたら、人さらいから逃げてきた可能性もあるのか、と今更ながに思った。
「なんでもない。温まった?」
「うん! おふろおおきかった!」
「そりゃよかった。じゃあ、ごはんを食べよう」
「うん!」
自然とふたりは手を繋ぐ。
違和感も抵抗も微塵もない。
それが普通だと言わんばかりに、どちらからともなく手を伸ばしたのだ。
「おふたりさん、お風呂はどうだった? 温泉ってわけじゃないけど、いいお湯だったでしょ?」
「冷え切った体が温まりましたよ。ね、ミナ」
「うん。お風呂、おおきくてあたたかかった」
「うんうん、そりゃよかった。食事の用意もできてるよ。旅人にはしっかりたべてもらいたいからね、人気の魔豚のステーキだよ」
席に案内されたレダたちの前に、しっかり焼かれた魔豚のステーキが置かれた。
鉄板の上でじゅうじゅうと音を立て、香ばしい油と香草とタレの香りが、空腹のお腹を刺激する。
ミナも同じだったのか、ごくり、と生唾を飲んだ音が聞こえた。
「さ、冷めないうちに食べてね」
ライスとサラダを手にしながら、笑顔で女主人が並べていく。
「じゃあ、食べよう」
「うん。いただきます」
「はい。いただきます」
レダたちは揃ってフォークとナイフを手に取り、肉を切り分けて口に運んだ。
「んんっ、これはうまい!」
「――っっ」
口に入れた瞬間、肉汁がぶわっと溢れた。
噛めば噛むほど、肉の甘みとタレの塩っけが舌を刺激していく。
無意識にレダはライスのよそられた皿を手に取り、頬張っていく。
ミナは一口一口は小さいものの、口にあったのかテンポよく食べていく。
そんな二人を満足げに見守っていた女主人は、邪魔したら悪いと思ったらしく、給仕に戻っていた。
ステーキをおかわりしたレダが、二枚目を食べ終えるころに、ミナもちょうど一枚目を食べ終えて満足そうにしていた。
そこへ、女主人がフルーツを盛り付けた皿をもって現れる。
「お嬢ちゃんにサービスだよ。旅の疲れには甘いものが一番だからね」
「あ、ありがとう」
控えめに礼を述べたミナに、にっこりとした笑みを浮かべた女主人は、少女の隣に腰を下ろす。
「母さんから話を聞くのが遅くなっちゃったからサービスが遅れちゃったんだ。ごめんね」
「いいえ、十分にもてなしてもらいましたから、気にしないでください」
実際、料理は美味しくボリュームもあって大満足だった。
お風呂も最高だったし、これで文句などいったら罰が当たってしまう。
「自己紹介をしてなかったね。私はマリエラよ。ここ『雀の羽休め亭』の女主人をやってるんだ」
「俺はレダ・ディクソンです。一応、冒険者してます」
「……ミナです」
「レダとミナだね。よろしくね。えっと、母さんにはもう会ったよね、父さんはこの町の町長で、街の入り口でぷらぷらしてるよ」
「町長さんにはもう会いました。道具店を紹介してもらったんです」
「ああ、そうだったんだね。ところで、お客さんは冒険者って言ったけど、急な依頼を受けてくれたりするのかな?」
「なにかあったんですか?」
こうしてわざわざレダに話にきたのだから、なにか困りごとでもあるのだろう。
ただ、今までパーティーの雑用ばかりで、ソロとしても未経験のレダになにか役に立つことがあるのか不安ではある。
今はミナもいるし、できれば彼女のことを優勢したいという気持ちもあった。
「実はね、ステーキにした魔豚なんだけど。どんな豚か知っているかな?」
「えっと、実際に見たことはないんですけど、確か豚の突然変異ですよね」
「そうそう。魔力を吸収しすぎた豚って言われているけど、体格も倍で、肉の質も、普通の豚に比べたら比べ物にならないほどいいんだよ。脂も乗っていて、食べた通りさ」
意外と王都では食べる機会に恵まれなかった。
マリエラの言ったように、一般的な豚よりも体格がいいため、どうしても飼育しようとすると場所が必要だ。
王都では、あまり畜産が歓迎されないこともあり、近隣の町村からの買い付けがほとんどだ。
そのため、流通もそのときそのときによって変わり、値段も高めに設定されている。
(動物の飼育は匂いがするから貴族が嫌がるんだよな。馬だけは特別なんだけど)
乗馬を趣味とする貴族がいることや、騎士団で馬を利用することから馬の飼育に文句を言う貴族はいない。
だが、これが豚や牛となると、王都の外観にそぐわない、匂いが耐えられないと苦情が多発するのだ。
「この町でも飼育をしているし、山に入れば野生の魔豚もいるのよ。男たちはそれで稼ぎをえているんだけど、最近困ったことになっちゃってね」
「困ったこと?」
「この辺じゃ見かけないはずの、魔狼の群がどこからか流れてきたみたいで、魔豚を襲うようになってしまったの」
「えっとつまり」
マリエラの言いたいことがわかった気がした。
魔狼に被害を受けている状況で、冒険者に頼みたいことなどひとつくらいだ。
「お客さんには、町の青年団と一緒に魔狼退治をしてほしいんだよ」
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